高校の時、現国の教科書に森鴎外の『舞姫』が載っていた。
感想を述べる、という段になり、一人の女生徒がスックと立ち上がった。
「全部自分のせいなのに、友達を逆恨みする。私はこんな男、大嫌いです!」
初老の教師以下、クラス中の男性が苦笑した。
実際この小説、女性は描けていない。「棄てないでくださいませね」など噴飯モノだ。
これはデビュー作。林太郎くん、まだ若かった。
思うに、男が描く女性像は映画にせよ、小説、漫画にせよ、どこかニセ物な感じがする。
どだい無理なのである。
男と女は別の生き物だから、思考回路が違うのである。
私の場合、特に若い女性が相手だと、会話も成立しない。
見た目は可愛くても、行動パターンが解らない。
別の種類の生き物、たとえば昆虫を観察しているよう。
ファイミル昆虫記だ(しょーもな~(^o^;)
結婚した時、心底ホッとした。
もう女性にお愛想しなくていい、女房だけ大事にしてればいい、そう思ったら気持ちが楽だった。
ところが、このたった一人の女性ですら、やっぱり思考回路が解らない。
なんか、いっつも怒らせてる(´Д`)
もうこの先、女の子と望んで会話することはないだろうと思ってたのに、今はprediaライブに通っている。
ルナと話したい
アッキーの笑顔が見たい
と握手の列に並んでいる時、
私の意識には、ほんの一片、未知なモノに向かう修験者の心境がある。
さて、女性が描く女性像として、私がゾッコン惚れ込んだ作品がある。
西川美和監督『駈込み訴え』
これは太宰治の短編を映像化したシリーズの一つ。NHKの30分ドラマ(2010年制作)
原作ではイエスを裏切るユダの心情が独白スタイルで語られる。
西川監督は、イエスと12使徒の全てを女学生に置き換えた。
この発想が凄い!
しかもアザトサを感じない。
淡々と、少女の心に潜む酷たらしさを描写していく。
映像の中で、少女達はセリフを話している。つまり演技用の脚本は書いている。
しかしそのセリフは使われない。香川照之が原作を朗読し、それをナレーションとしてドラマが展開していく。
なんという緻密な構成!
少女の群像劇を扱った作品は様々ある。しかしこれほど鮮やかな作品は記憶にない。
例えば、フランシス・コッポラの『バージン・スーサイズ』…無駄な残酷さを感じて、私は嫌いだ。
西川監督といえば『蛇イチゴ』も面白かった。
宮迫博之さんの怪優振りと、
その兄を本気でウザがる妹「つみきみほ」さんの潔癖さが光っていた。
最後にポン、と幻想の世界に跳んでしまう展開も見事だった。
さて、『駈込み訴え』でイエス役を演じていたのは日南響子さん。モデル出身で主演映画も一本ある。(ピラメキーノでゴム跳びガールもやっていた)
最近では『アキバレンジャー』のブルー役をやっていた。ちょっと伸び悩みかな?
ユダ役の清水くるみさんは、クリッとした目とふっくらした頬が印象的。
その後どうしているか気になっていたが、映画『桐島、部活やめるってよ』に主要キャラで出演した。
情報番組『週末にしたい10のこと』で、この映画のメイキングが放送された。
「くるみ~」と呼ばれて、ジャージのポケットに手を突っ込み、ヒョコヒョコ現れたときは、イメージ通りで嬉しかった。
最近、再放送があって見直したら、12使徒のー人に剛力彩芽さんがいた。
ロングへアーの剛力さん、まだオ一ラが出ていない。
さて、女の子の生態を鮮やかに描き出した西川演出。どんなマジックを使ったのだろう。
きっと突拍子もない演技指導で、あの表情を作らせたんだろうな~
と想像する(o^-^)
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30才前後のことだった。
とある女性と音楽の話をしていて、好みが完全一致した。
それが『たま』だった。
私は自費制作のアルバム「しおしお」を持っていた。その人も持っていた。
結婚したから、しおしおは一家に2枚となった。
その後、二人でよく『たま』のライブに行った。北海道はもちろんのこと、関西に住んでた頃もよく行った。
私がハマり、ライブ通いをしたアーティストは、これまでの人生で2組しかいない。
『たま』と『predia』である。
共通点?
…う~む(?_?;
さて、
たまといえば、かつて大ブームとなった音楽番組
『イカ天(イカすバンド天国)』
を象徴するユニット。
この番組、バンドに打ち込む若者たちの一途さがいじらしく、私のつぼにハマった。
審査員の辛口も面白かった。
基本的にガチャガチャした番組だった。
例えば
ダウンタウン~の「港のヨーコ」をおちゃらけにアレンジしただけのバンドがいた。
審査員が言った。
「バンドを続けていくって大変なことだよね。メンバー集めて練習場所確保して~ 君たちは何がしたくてバンドやってるのか分からない」
ところが、女性審査員には受けがいい。イケメンでモテるのである。そういうこと。
あるいは女性4人のバンドがいた。長くてボサボサの髪(当然染めている)を上下に揺さぶりながら演奏する。
モップが3本揺れているみたいだった。
このコ達、みんなOL。
「会社で髪のこととか言われない?」と聞かれ、「うん言われる」と、ちょっと顔を曇らせる。
「好きなコトを続けるって、覚悟がいるよね」
こんな時はまなざしが温かい。
さて、『たま』の音楽は独特だった。
ギター、ベース、鍵盤(ピアノかアコーディオン)、
そして打楽器(基本は桶)
これは文章で表現のしようがない。
マダムソースの前掛けの上に桶、坊主頭にランニングシャツの男(石川くん)が
「いよ~!(ポン)」
ギターの知久くんもふるってた。おかっぱ頭で通称「ガラモン・スタイル」
実際、生で見ると意外と大柄で、なんだか着ぐるみみたいだった。
何だい、コミックバンドかいな?
違う!
演奏の腕も歌唱力もしっかり本物だ。
自分たちの音楽を追求していったらこうなった、ということ。
思いつくままに『イカ天』の名物ユニットを並べてみる。
フライング・キッズ、マルコシアス・バンブ、ブランキー・ジェット・シティ、リトル・クリーチャー…
この辺が5週勝ち抜きのチャンピオン
その他に
スイマーズ、人間椅子、宮尾すすむと日本の社長、カブキ・ロックス、ジッタリン・ジン、ミンカパノピカ、クスクス、有機生命体…
う~ん、書いときゃ良かったというバンドがまだまだ出てきそうな(^。^;)
先日、TVを見ていたら、妻が突然「ほら、フライング・キッズのあの人!」と指さした。
きっとみんな、それぞれの形で「自分の好きな音楽」と付き合っているのだろう。
Android携帯からの投稿
とある女性と音楽の話をしていて、好みが完全一致した。
それが『たま』だった。
私は自費制作のアルバム「しおしお」を持っていた。その人も持っていた。
結婚したから、しおしおは一家に2枚となった。
その後、二人でよく『たま』のライブに行った。北海道はもちろんのこと、関西に住んでた頃もよく行った。
私がハマり、ライブ通いをしたアーティストは、これまでの人生で2組しかいない。
『たま』と『predia』である。
共通点?
…う~む(?_?;
さて、
たまといえば、かつて大ブームとなった音楽番組
『イカ天(イカすバンド天国)』
を象徴するユニット。
この番組、バンドに打ち込む若者たちの一途さがいじらしく、私のつぼにハマった。
審査員の辛口も面白かった。
基本的にガチャガチャした番組だった。
例えば
ダウンタウン~の「港のヨーコ」をおちゃらけにアレンジしただけのバンドがいた。
審査員が言った。
「バンドを続けていくって大変なことだよね。メンバー集めて練習場所確保して~ 君たちは何がしたくてバンドやってるのか分からない」
ところが、女性審査員には受けがいい。イケメンでモテるのである。そういうこと。
あるいは女性4人のバンドがいた。長くてボサボサの髪(当然染めている)を上下に揺さぶりながら演奏する。
モップが3本揺れているみたいだった。
このコ達、みんなOL。
「会社で髪のこととか言われない?」と聞かれ、「うん言われる」と、ちょっと顔を曇らせる。
「好きなコトを続けるって、覚悟がいるよね」
こんな時はまなざしが温かい。
さて、『たま』の音楽は独特だった。
ギター、ベース、鍵盤(ピアノかアコーディオン)、
そして打楽器(基本は桶)
これは文章で表現のしようがない。
マダムソースの前掛けの上に桶、坊主頭にランニングシャツの男(石川くん)が
「いよ~!(ポン)」
ギターの知久くんもふるってた。おかっぱ頭で通称「ガラモン・スタイル」
実際、生で見ると意外と大柄で、なんだか着ぐるみみたいだった。
何だい、コミックバンドかいな?
違う!
演奏の腕も歌唱力もしっかり本物だ。
自分たちの音楽を追求していったらこうなった、ということ。
思いつくままに『イカ天』の名物ユニットを並べてみる。
フライング・キッズ、マルコシアス・バンブ、ブランキー・ジェット・シティ、リトル・クリーチャー…
この辺が5週勝ち抜きのチャンピオン
その他に
スイマーズ、人間椅子、宮尾すすむと日本の社長、カブキ・ロックス、ジッタリン・ジン、ミンカパノピカ、クスクス、有機生命体…
う~ん、書いときゃ良かったというバンドがまだまだ出てきそうな(^。^;)
先日、TVを見ていたら、妻が突然「ほら、フライング・キッズのあの人!」と指さした。
きっとみんな、それぞれの形で「自分の好きな音楽」と付き合っているのだろう。
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お茶碗一杯の飯
お茶碗一杯の飯を
俺は食えなかったことがない
どこかでお茶碗一杯の飯を食えなかった奴がいる
俺が食った分だけだ
だから俺はいつもひもじいのだ
永島慎二の『フーテン』を読んだのは大学生の時。
ああ、新宿に行きたい!と思った。
でも時代が違う。
これは昭和30年代のフーテン族の話。
新宿の朝焼け、カラスが鳴いている。
街角でおじさんが焚き火をしている。
一人10円で当たらせてくれる。
その寒々しい空気が、閑静で叙情溢れる紙面から伝わってくる。
冒頭の言葉は急死した若者が残した詩。
この若者は「ひもじさ」を抱いてフーテンになった。
誰かを踏みつけにしている、誰かの飯を奪っている、そう考えると心はひもじい。
どれほどの人間が思っているだろう。
私たちは日本に暮らしているというだけで、搾取する側に立っている。
日常にあふれる安い食料、衣料品。
これは日本の数十分の一の賃金で作られた物だ。
それを安全がどうの品質がどうのと文句を言いながら浪費している。
心がひもじくならないはずがない。
自分は真面目に働いている、例えば満員電車の中の人は皆そう思っているだろう。
でも、本当に飯を奪う側になっていないか?
対価に相応しい「仕事」をしているのか?
社会にアグラをかき、人の役にも立たない、むしろ害悪の片棒を担ぐことをしていながら、不遇をかこったりはしていないか?
ひもじくないのではない、ひもじさに気がつかないフリをしているだけだ。
新宿フーテン族は何も産み出さない。
都会に巣喰う動物だ。
ただ生きている。
時には犯罪すれすれのこともする。
だが、永島慎二はそこに埋もれた。
すでに名が知られ、家庭を持ち、アシスタントもいる漫画家でありながら、フーテンの世界にのめり込んだ。
彼はどんな「ひもじさ」を抱え込んでいたのだろう。
『フーテン』には永島慎二自身が登場する。永島は若いフーテンたちと、笑い、泣き、怒り、そして呆けていた。
一つの時代が終わった時、若者たちは、どのように生き続け、どこにたどり着いたのか。
永島慎二は、その後も漫画家を続け、麻薬所持でちょっと捕まったりもした。
晩年のエッセイでは、自分の息子をベタ褒めした一節があって「やっぱり老いたかな」と感じたりもした。
彼は平成17年、67歳で亡くなった。
永島慎二を表現するならば
「漫画家という生き物だった人」
と、私は言いたい。
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お茶碗一杯の飯を
俺は食えなかったことがない
どこかでお茶碗一杯の飯を食えなかった奴がいる
俺が食った分だけだ
だから俺はいつもひもじいのだ
永島慎二の『フーテン』を読んだのは大学生の時。
ああ、新宿に行きたい!と思った。
でも時代が違う。
これは昭和30年代のフーテン族の話。
新宿の朝焼け、カラスが鳴いている。
街角でおじさんが焚き火をしている。
一人10円で当たらせてくれる。
その寒々しい空気が、閑静で叙情溢れる紙面から伝わってくる。
冒頭の言葉は急死した若者が残した詩。
この若者は「ひもじさ」を抱いてフーテンになった。
誰かを踏みつけにしている、誰かの飯を奪っている、そう考えると心はひもじい。
どれほどの人間が思っているだろう。
私たちは日本に暮らしているというだけで、搾取する側に立っている。
日常にあふれる安い食料、衣料品。
これは日本の数十分の一の賃金で作られた物だ。
それを安全がどうの品質がどうのと文句を言いながら浪費している。
心がひもじくならないはずがない。
自分は真面目に働いている、例えば満員電車の中の人は皆そう思っているだろう。
でも、本当に飯を奪う側になっていないか?
対価に相応しい「仕事」をしているのか?
社会にアグラをかき、人の役にも立たない、むしろ害悪の片棒を担ぐことをしていながら、不遇をかこったりはしていないか?
ひもじくないのではない、ひもじさに気がつかないフリをしているだけだ。
新宿フーテン族は何も産み出さない。
都会に巣喰う動物だ。
ただ生きている。
時には犯罪すれすれのこともする。
だが、永島慎二はそこに埋もれた。
すでに名が知られ、家庭を持ち、アシスタントもいる漫画家でありながら、フーテンの世界にのめり込んだ。
彼はどんな「ひもじさ」を抱え込んでいたのだろう。
『フーテン』には永島慎二自身が登場する。永島は若いフーテンたちと、笑い、泣き、怒り、そして呆けていた。
一つの時代が終わった時、若者たちは、どのように生き続け、どこにたどり着いたのか。
永島慎二は、その後も漫画家を続け、麻薬所持でちょっと捕まったりもした。
晩年のエッセイでは、自分の息子をベタ褒めした一節があって「やっぱり老いたかな」と感じたりもした。
彼は平成17年、67歳で亡くなった。
永島慎二を表現するならば
「漫画家という生き物だった人」
と、私は言いたい。
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