空はどこから/猫の長靴 -176ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

14:46 オフィスの者、全員で黙祷した。

朝、パソコンを立ち上げると
「14時46分を期して黙祷しましょう」
とメール連絡が入っていた。

時刻が近づくと、一人二人と立ち上がり、静かに黙祷が始まった。

良いことも皆でやるとやりやすい。



この日、
明確に追悼の意を表明する人もいれば、
ロには出さないが静かに思う人もいる。

どちらも良いと思う。



そして
感謝を受けるためではなく
無関心になることなく

自分の良心のゆえに

ちょっとだけ、前へ。













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昨日はprediaの対バンライブ。
鶯谷の「東京キネマ倶楽部」にて。


震災の写真展を見た後に何をやっているんだと思われるかも知れないが、今の私にはprediaが必要だ。
それは彼女たちのパフォーマンスを見てもらえば分かる。
大人の鑑賞にたえるはずだ。


今日のprediaは激しい曲で攻めていた。predia版MAXというところか。

特に『Going to Ride』は迫力が増してきたな~
新曲『crazy cat』の方向性も想像がつく。

パンツルックの新衣装はセクシーで健康的だ。
prediaの「大人可愛い」が強調されている。


ところでマネージャーの荒井さんが15日で退くことになった。
担当して1年、メンバーやファンとの息も合ってきたところだったのに残念だ。
口論したこともあっただろうが、メンバーにとっては、やはり同性のマネージャーは頼もしかったはずだ。


それにしても、私が夢見ているpredia像…
お年寄りが目を細め、幼い子供たちが喜んで飛び跳ねる。そんな「本当のアイドル」として世に出る日はいつだろう…



新衣装の写真はまだ撮れてない。これは古いけど浴衣partyの時。次回23日は、この時と同じマウントレーニア。椅子があってスペースがゆったり取れる。私のお気に入りの会場である。






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長塚節(たかし)の農民小説『土』
学生の頃、読んだ。
貧しい農民の生活を淡々と描いていた。

文庫本一冊なのに、やけに長く感じた。挫折しかけたが気力で読み切った。

「あとがき」に漱石が文章を寄せていた。

「自分の娘たちが年頃になり、贅沢をしたい遊びたいと言い出したら、長塚節の『土』を読ませる」
「世の中には、面白くなくても読んでおくべき本があるのだ」

ひっくり返った。さすが漱石。ここまで読んでよかった。




3月11日、私は東京のオフィスにいた。
ヘルメットを被って皆で駐車場に非難した。
総務の女の子が、片手に社長印の入った小箱を持っていた。
「サラリーマンのカガミ!」と皆で褒めた。

妻と愛猫が無事なことはメールで確認が取れていた。

帰宅を諦めた連中はコンビニでカップラーメンやアルコールを買い込んだ。


帰宅組は社用車を動員して方向毎に乗り合わせることになった。

千葉方面の一台目。まず女性を乗せて地理に明るい奴を運転手につける、と数えると、まだ一人乗れる。

先輩と「先に乗りなさい」「いえ、○○さんより先に乗れません」と譲り合っていると、
私たちの前を脇目もふらず通り過ぎ、女性よりも先に車に乗り込んだ年配の男がいた。

私たちは驚かなかった。それは日頃の姿から想像できる、その人らしい行動だったからだ。


家に着くまで6時間。
しかしそれは、行列をなして歩いている人たちより遥かに快適であった。
「何だか申し訳ないね」
私たちは車の中で話し合った。

それが私の被災体験。パロディのように軽い。


岩手に住んでいた頃からの知り合いは皆、無事だった。電気、水道が止まったのは難儀したようだが、元々山仕事系なので、津波の被害にあった人はいなかった。



岩手のアンテナショップ「いわて銀河プラザ」は銀座の、歌舞伎座の斜め向かいにある。
ここに来た時は、よくジャジャ麺を買っていた。

店が再開したと知り、募金に行った。

休憩コーナーには分厚い「避難者名簿」が何冊も置かれていた。
その名簿を食い入るように眺め、ページをめくる人たちがいた。

それが、私が初めて眼前で見た「被災の現実」だった。



テレビを始めとする各種メディアが、被災された方々の
今なお安定しない生活
疲れていく心の内
を伝えている。
それらの情報を見るか見ないかは人それぞれだ。


しかし、私は漱石の言葉を思い出す。

世の中には
「見たいか見たくないか」ではなく、
「見なければならないもの」がある。

無関心は「消極的な暴力」なのだ。




今日、銀座で小さな写真展を訪れた。
都会のおしゃれなビルの最上階でひっそりと開催されていた。





瓦礫の中、被災地(陸前高田)の人々の素直な表情を映し出す写真たち。

それは無関心を装う都会(銀座)に似つかわしくなく…だからこそ逆に、似つかわしいとも思えた。

こんな風に日本中(世界中)のあらゆる場所に、震災の記憶が静かに深く染み渡っていけば良い。

私は「忘れない上手な方法」とは何か、考えている。







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