空はどこから/猫の長靴 -166ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

「巷(ちまた)に雨の降る如く 我が心にも涙降る」

幼い頃から、このフレーズは覚えていた。
さっき調べたら、ヴェルレーヌの詩の冒頭である。


もう一つ、記憶にある翻訳詩

「山のあなたの空遠く 幸い住むと人の言う」


物心ついた頃から、というとオーバーだが、とにかく私の記憶にある。
意味なんて分かっていたはずがない。
音として覚えていたのだ。



先日のリリイベの握手会で、ルナから
「歌詞をよく読んでね」と言われた。
その意図は解らない。特に無いのかも知れない。

とにかく「うん、読むよ」と答えたから、頑張って読んでみた。

何故、頑張ってなのか…
字が小さいのである!
老眼を凝らして読む歌詞カード、きつい~(×_×)


さて、『Crazy Cat』
私がこの歌詞について書くと、見当違いの猫談義に脱線しそうなので、今回保留。



そして『シルキーレイン』
ルナが読んでねと言った歌詞はどこだろう?

これかな?

「私のくだらない話 頷いて微笑うしぐさ
誰も理解してくれなくても 君がいればよかった♪」



言葉≒言語は「論理」を「思考」を伝えるツール。
でも、「言葉」の使い方はそれだけじゃない。

やさしい雨のようにパラパラと降り注ぐ、そんな音としての「言葉」の使い方もある。


Iwanna little love
Iwanna little love♪

のリフレイン
これは雨音、心に降る雨を表現している。
やわらかな雨音。



握手会などでprediaメンバーたちと会話しようとしても、伝えなきゃならない情報なんて大してない。

若い娘さんと初老のオジサンに共通項はほとんどない。

だから、交わしているのは
「言語」というより、言葉という「音」
そして会話という「仕草」。



今日もリリイベ

私はprediaという「音」を感じに行く。

ルナという「仕草」を楽しみに行く。










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ユーモア小説のことを書きたくなった。

『遠藤周作ユーモア小説集』‥手許にないので、うろ覚え。記憶違いがあればご容赦を。


「ミクロの決死圏」はSF映画の傑作。もはや古典だろう。
ミクロ化した人間が患者の体内に侵入し、レーザー銃で患部を焼き切る(治療する)
裏切り者がいてスッタモンダで計画が狂い、タイムリミットぎりぎりで体内から脱出する。

なにしろ映像が素晴らしかった。
血管の中をスイスイ進む潜水艇。ぷかぷか浮いてる赤血球、襲ってくる白血球。肺の中には発泡スチロールみたいなタバコの黒いヤニがごろごろ。


さて、我らが狐狸庵先生(遠藤周作)この映画でひらめいた。
で、書いたパロディ小説がこんな感じ。

『初春夢の宝船』(タイトルがひどいね)




以下、昔の読書の記憶を頼りに、かなりいい加減なあらすじ(要するに勝手にアレンジ)

主人公は若き医師。愛する女性の難病の治療のため、仲間3人とミクロ化して、彼女の体内に潜入する。

潜水艇が近づくと、ミクロ化した目に映る彼女の肌はごわごわでシミだらけ。

注射針から血管に入り、患部に向かう。
治療は無事に終わり、呑気に祝杯をあげているところでアクシデント。

消化器系へと漂流してしまい、潜水艇は大腸へ。
排泄物(要するにウンチ)で行く手を阻まれ、艇を捨てる。

悪戦苦闘している内に、近づくタイムリミット。アクアラングの酸素が切れる。あわや糞死か?!

壁をさすれ!
4人必死で腸壁を擦る。
ゴゴゴゴゴ~と周囲が鳴動し、

ボワッッ!!
と体外に脱出。
おならと一緒に。

(ちなみに、元ネタ「ミクロの決死圏」では涙と一緒に眼から出てくる)

ここまでならお下劣な話。

ホントのオチはここからだ。


数日が立ち、脱出後初めて彼女の病室を訪れる。
ドアを開け、そこにいた彼女は…

以前のままに美しかった。

ごわごわの肌を見て、うんちを掻き分け、おならと一緒に出てきても、やっぱり彼女を愛していた。


私は好きだな~
こういう話(●´ω`●)

……
……

ヌーカフェでルナと話している時、アッキーの話題になった。

「アッキーとはよく一緒にいて、部屋で雑誌を読んだりしていて、向かいにアッキーが座っているのを忘れることがある」
と聞いて

私「気がつかずにオナラしたりするんだ?」

ルナ「おならはしないよぉ~(´・ω・`)」

ルナのおならを聞いてみたい、
と言いかけたが、絶対嫌われるからヤメタ。


実際、私は女の子のおならを聞いたことがない。
男性と女性では、腸のつくりが違うらしい。
女性のお腹には子宮がある。
胎児を刺激しないように、腸の働きが鈍くなっているとか。

したがって、「女の子がおならをしない」のは、科学的根拠があるのかも知れない。
あるいはオナラを制御する強い精神力を持っているのか?
はたまた、私がただ何にも知らないだけなのか?

いかに妻とはいえ、「どれくらいオナラするんだ?」とは聞けない。

女の子の「おなら」は私にとって謎である──

などという、
しょーもないことをクダクダと考え、粘土で作ったようなキャラクターを配置する。
やがてキャラが勝手に動き出し、作者も予想しなかった結末に──

──これが、私の考える「ユーモア小説の作り方」


それを読み手が面白いと感じるか否かは、
作者と読者の相性しだい。
互いの「人柄」の問題であろう。


因みに、こんな実話がある。

見合いの席で、娘さんが粗相(おなら)をしてしまった。
世話役のおばさんが「おや、よいお土産をいただいて」と言った。

娘さんはこれを恥じて自殺した。
おばさんも自責の念で自殺した。

おなら一つで二人死んだ。
このエピソードには「ユーモア」がない。

……
……

なお、遠藤周作は本来の括りで言えば、純文学作家。

私がもっとも敬愛するユーモア作家は佐々木邦。

児童文学の傑作『ノンちゃん雲にのる』の作者、石井桃子は初めて「クマのプーさん」を邦訳した人。

そして佐々木邦は「トム・ソーヤーの冒険」を初めて邦訳した人。
英米文学者にしてユーモア作家──


長くなったので、その話はまたいずれ…

次回の
『ユーモア小説を考える』の心だあ~♪
(小沢昭一さん風)








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1930年代、姉妹でコーラスユニットを組んでいた少女に、あるボードビリアンが言った。

「やあ、君たちはまるでガーランド(花の冠)のようだね!」

そして、彼女は
『ジュディ・ガーランド』
になった。

ジュディはMGMミュージカルの女王。
1939年の「オズの魔法使い」ドロシー役はあまりにも有名。

今でも、私がアメリカで一番好きな歌手・アーティストである。



さて、今日はprediaのCD『Crazy Cat』リリースイベントに行った。

今回のリリイベ、5日間開催されるのだが、全て、トークだけ。パフォーマンスはない。

期待が大きかっただけに、
一度もパフォーマンスを観れないなんて…
と心底がっかりした。

しかし、一番残念なのは彼女たち自身のはず。

アーティストとして、さぞかし新曲を歌い、踊りたかっただろう。

それを抑えての笑顔…

ならば、
笑顔(花冠)を堪能しましょう!

……
……

↑これは『Escort me?』リリイベの時。
スパークリングを飲むポーズ、とリクエストした。
さすが、るーちゃま!
グラスを持つ仕草をピシッとオシャレに決めている。



記憶を辿ると…
彼女たちが「美形揃い」だと改めて思い知ったのは、去年の夏。

陽炎が立つような、暑い暑い夏の日だった。

a-nationの野外ステージ。
ボーカルのふたりが「キューティ・ハニー」をカバーする。

他のメンバーは後ろに並ぶ
…軽くリズムをとるだけ、
でも、その立ち姿が…
堪らなくイイのである!

誰を見ていても見飽きない。

美形ユニットとはこういうものか(゚ω゚)
と思った。

まあ、暑い暑い日だった(^。^;)


……
……

さて、かくて今日も、新星堂に花が咲く
→11輪のガーランド。
誰を見てても飽きません!


↓これが「ジュディ・ガーランド」



↓これは「ルナ・ガーランド」



↓そして「アッキー・ガーランド」



全員は紹介しきれない。

とにかく実物をご覧あれ( ^o^)ノ











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