ユーモア小説のことを書きたくなった。
『遠藤周作ユーモア小説集』‥手許にないので、うろ覚え。記憶違いがあればご容赦を。
「ミクロの決死圏」はSF映画の傑作。もはや古典だろう。
ミクロ化した人間が患者の体内に侵入し、レーザー銃で患部を焼き切る(治療する)
裏切り者がいてスッタモンダで計画が狂い、タイムリミットぎりぎりで体内から脱出する。
なにしろ映像が素晴らしかった。
血管の中をスイスイ進む潜水艇。ぷかぷか浮いてる赤血球、襲ってくる白血球。肺の中には発泡スチロールみたいなタバコの黒いヤニがごろごろ。
さて、我らが狐狸庵先生(遠藤周作)この映画でひらめいた。
で、書いたパロディ小説がこんな感じ。
『初春夢の宝船』(タイトルがひどいね)
以下、昔の読書の記憶を頼りに、かなりいい加減なあらすじ(要するに勝手にアレンジ)
主人公は若き医師。愛する女性の難病の治療のため、仲間3人とミクロ化して、彼女の体内に潜入する。
潜水艇が近づくと、ミクロ化した目に映る彼女の肌はごわごわでシミだらけ。
注射針から血管に入り、患部に向かう。
治療は無事に終わり、呑気に祝杯をあげているところでアクシデント。
消化器系へと漂流してしまい、潜水艇は大腸へ。
排泄物(要するにウンチ)で行く手を阻まれ、艇を捨てる。
悪戦苦闘している内に、近づくタイムリミット。アクアラングの酸素が切れる。あわや糞死か?!
壁をさすれ!
4人必死で腸壁を擦る。
ゴゴゴゴゴ~と周囲が鳴動し、
ボワッッ!!
と体外に脱出。
おならと一緒に。
(ちなみに、元ネタ「ミクロの決死圏」では涙と一緒に眼から出てくる)
ここまでならお下劣な話。
ホントのオチはここからだ。
数日が立ち、脱出後初めて彼女の病室を訪れる。
ドアを開け、そこにいた彼女は…
以前のままに美しかった。
ごわごわの肌を見て、うんちを掻き分け、おならと一緒に出てきても、やっぱり彼女を愛していた。
私は好きだな~
こういう話(●´ω`●)
……
……
ヌーカフェでルナと話している時、アッキーの話題になった。
「アッキーとはよく一緒にいて、部屋で雑誌を読んだりしていて、向かいにアッキーが座っているのを忘れることがある」
と聞いて
私「気がつかずにオナラしたりするんだ?」
ルナ「おならはしないよぉ~(´・ω・`)」
ルナのおならを聞いてみたい、
と言いかけたが、絶対嫌われるからヤメタ。
実際、私は女の子のおならを聞いたことがない。
男性と女性では、腸のつくりが違うらしい。
女性のお腹には子宮がある。
胎児を刺激しないように、腸の働きが鈍くなっているとか。
したがって、「女の子がおならをしない」のは、科学的根拠があるのかも知れない。
あるいはオナラを制御する強い精神力を持っているのか?
はたまた、私がただ何にも知らないだけなのか?
いかに妻とはいえ、「どれくらいオナラするんだ?」とは聞けない。
女の子の「おなら」は私にとって謎である──
などという、
しょーもないことをクダクダと考え、粘土で作ったようなキャラクターを配置する。
やがてキャラが勝手に動き出し、作者も予想しなかった結末に──
──これが、私の考える「ユーモア小説の作り方」
それを読み手が面白いと感じるか否かは、
作者と読者の相性しだい。
互いの「人柄」の問題であろう。
因みに、こんな実話がある。
見合いの席で、娘さんが粗相(おなら)をしてしまった。
世話役のおばさんが「おや、よいお土産をいただいて」と言った。
娘さんはこれを恥じて自殺した。
おばさんも自責の念で自殺した。
おなら一つで二人死んだ。
このエピソードには「ユーモア」がない。
……
……
なお、遠藤周作は本来の括りで言えば、純文学作家。
私がもっとも敬愛するユーモア作家は佐々木邦。
児童文学の傑作『ノンちゃん雲にのる』の作者、石井桃子は初めて「クマのプーさん」を邦訳した人。
そして佐々木邦は「トム・ソーヤーの冒険」を初めて邦訳した人。
英米文学者にしてユーモア作家──
長くなったので、その話はまたいずれ…
次回の
『ユーモア小説を考える』の心だあ~♪
(小沢昭一さん風)
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