もし、「ファンキーモンキーベイビーズ」を検索して、このブログに辿り着いた方がいれば…申し訳ない。
私はファンモンのことをほとんど知らない。
ただ、この曲、『告白』は抜群に好きだ。
4話連続ドラマ「プロポーズ兄弟」のテーマ曲として聴いた。
ドラマは毎回、すったもんだの末のハッピーエンド…つまり一組の新郎新婦と、それを囲む兄弟たちのシーンで終わる。
そこにこの曲のイントロが流れ、サビへと向かっていく。
鳥肌が立つほど良かった!
その歌詞
♪君に伝えたいことがある
胸に抱えたこの想いを
うまく言葉に出来ないけど
どうか聞いてほしい
♪いつの間にか
夜も眠れないくらい
君を想っていた
眠ったって 夢の中で探すくらい
想いが募っていた
…
♪いざ君の 目の前に立つと
勇気が臆病風に吹かれ
さんざん予習したフレーズ
胸から溢れ出して忘れる
♪熱くなる 鼓動が痛いくらい
本当に僕らしくない
もうカッコ悪くてもいいや
とにかく君に聞いて欲しいんだ
(サビ)
♪大好きだ 大好きなんだ
それ以上の言葉を
もっと
上手に届けたいけど
♪どうしようもなく
溢れ出す
想いを伝えると
やっぱ
大好きしか出てこない~♪
▷▷▷▷▷
想いを伝える言葉をいろいろと考える。
でも、結局は一番単純な言葉にたどり着く。
好意を伝えるなら、
「大好き」という言葉に勝るものはない。
言語とは不自由なものだ。
気の利いた言葉を考える程、想いはコボレ落ちていく。
余計な言葉を削ぎ落としていくと
「大好き」という言葉にたどり着く──
とは言うものの、結局はこの曲、歌詞(言葉)が多い。
まあ、「大好き」だけ連呼するわけにもいかないしね。
でも、他の言葉は飾り→リズムに乗せた音みたいなもの。
だからラップの部分を勝手に替え歌にして、口ずさんでみた。
▷▷▷▷▷
♪初めて会ったのは そう「ハコニワ」で
プレスト生活始まった
それは 僕がディアラに出会えた日で
突然の恋が始まった
歌も ダンスも すごくタイプ
直球ド真ん中ストライク
君の笑顔は輝いていた
そんな君に夢中だった
それから毎日ブログをチェックして
でも間抜けなコメント空回り
誰にも負けないファン心理
そんな気持ちに気づいてるかい
抑えきれない想いが増したから
勇気を出して一か八か
本当の気持ちをもって今
君に伝えたいことがあるんだ
♪大好きだ
大好きなんだ
それ以上の言葉を
もっと
上手に届けたいけど
♪どうしようもなく
溢れ出す
想いを伝えると
やっぱ
大好きしか出てこない~
…
♪本当は
怖くて不安もあるけど
君のこと 君の夢
守れるように
…
♪今すぐに 真っ直ぐに
君の夢が 叶うように
♪大好きだ 大好きなんだ
それ以上の言葉を
もっと 上手に届けたいけど
♪どうしようもなく
溢れ出す
想いを伝えると
やっぱ
大好きしか出てこない~
♪ただ それだけで
でも それが全て~
▷▷▷▷▷
5月3日はSHIBUYA-AXでワンマン
predia 勝負の時──
Android携帯からの投稿
以前、久保田利伸さんの『You were mine』が私の青春だったと書いた。
今回はその話。
↑当時まだ、CDプレイヤーを持ってなかった。
これはカセットテープ。
カセットテープと言えば…
少し遡って学生の頃。
松田聖子さんの全盛期だった。
でも、私は岩崎良美さんのファンだった。
『Ring a Ding』とかを下宿の部屋で聴いていた。ヘッドホンつけて。
ある時、何かのお礼とかで、後輩が松田聖子さんの曲をダビングしたテープをくれた。
「先輩の好きそうな曲をチョイスしておきましたよ(笑)」
…聴いてみると、
「男はおしゃれしなくてもいいの♪」
とか
「不器用なあなたが好きよ♪」
とか、そんな曲ばかり入っていた…
さて、『You were mine』
軽快なイントロから
♪合わせた胸のあいだに 夜を落として~♪
この出だしが堪らない。
夜の匂い。哀愁の匂い。
それがバラードではなく、アップテンポで歌われる。
♪この瞳閉じた世界~ 今ではYou were mine 君だけのために~♪
メメしい歌詞だ。棄てられてもウジウジと未練をため込んでいる。
なのに、何だろう。この高揚感は?
全力で魂込めて歌うと、失恋の歌もこんな疾走感を持つのだ。
この曲は、とにかく聴いた。
聴き飽きると、間に『Missing』(やはり久保田さんの失恋の曲で、こちらはバラード)を挟んで、また聴いた。
この頃、北海道の田舎町に住んでいた。
胸を掻きむしるような失恋をした。
但し、付き合うまではいってない。その手前で振られた。
それでも私は『You were mine』を聴いた。
そして歌った。
今でも、気持ちが荒んだ時、いろんな事への不快感で精神的な嘔吐を感じる時、
私は大声でこの歌をがなりたくなる。
哀しみを全力で歌う曲。
私の胸に刻み込まれた曲である。
疾走感、高揚感を掻き立てる曲。
最近、久しぶりに出会った──
prediaの『Crazy Cat』
先のことを考えず、熱情むき出しで、男をトコトン誘惑し、陥落させてやろう、という歌だ。
男は全力で「未練」をシャウトする。
女は全力で「誘惑」をシャウトする。
男と女の勝敗は…明らかである。
Android携帯からの投稿
今回はその話。
↑当時まだ、CDプレイヤーを持ってなかった。
これはカセットテープ。
カセットテープと言えば…
少し遡って学生の頃。
松田聖子さんの全盛期だった。
でも、私は岩崎良美さんのファンだった。
『Ring a Ding』とかを下宿の部屋で聴いていた。ヘッドホンつけて。
ある時、何かのお礼とかで、後輩が松田聖子さんの曲をダビングしたテープをくれた。
「先輩の好きそうな曲をチョイスしておきましたよ(笑)」
…聴いてみると、
「男はおしゃれしなくてもいいの♪」
とか
「不器用なあなたが好きよ♪」
とか、そんな曲ばかり入っていた…
さて、『You were mine』
軽快なイントロから
♪合わせた胸のあいだに 夜を落として~♪
この出だしが堪らない。
夜の匂い。哀愁の匂い。
それがバラードではなく、アップテンポで歌われる。
♪この瞳閉じた世界~ 今ではYou were mine 君だけのために~♪
メメしい歌詞だ。棄てられてもウジウジと未練をため込んでいる。
なのに、何だろう。この高揚感は?
全力で魂込めて歌うと、失恋の歌もこんな疾走感を持つのだ。
この曲は、とにかく聴いた。
聴き飽きると、間に『Missing』(やはり久保田さんの失恋の曲で、こちらはバラード)を挟んで、また聴いた。
この頃、北海道の田舎町に住んでいた。
胸を掻きむしるような失恋をした。
但し、付き合うまではいってない。その手前で振られた。
それでも私は『You were mine』を聴いた。
そして歌った。
今でも、気持ちが荒んだ時、いろんな事への不快感で精神的な嘔吐を感じる時、
私は大声でこの歌をがなりたくなる。
哀しみを全力で歌う曲。
私の胸に刻み込まれた曲である。
疾走感、高揚感を掻き立てる曲。
最近、久しぶりに出会った──
prediaの『Crazy Cat』
先のことを考えず、熱情むき出しで、男をトコトン誘惑し、陥落させてやろう、という歌だ。
男は全力で「未練」をシャウトする。
女は全力で「誘惑」をシャウトする。
男と女の勝敗は…明らかである。
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「雨漏路(うろじ)より 無漏地(むろじ)にいたる 一休み
雨降らば降れ 風吹かば吹け」
一休さんの名前の由来となった歌である。
一休さんが生きた室町中期は人心の荒んだ時代だったらしい。
南北朝の動乱から応仁の乱。
権力者たちは野合離散を繰り返し、もはや語るべき正義もなかった。
…なんだ、今と変わんないじゃん、と思うだろうが、当時は命のやり取りである。
庶民の生活はすぐに困窮し、餓死者が溢れた。
一休さんはもの凄く真面目な坊さんだった。
とことん思い詰めて、ポテンシャルはそのままで風狂な坊さんになった。
正月、竿の先に骸骨をぶら下げて「ご用心、ご用心」と言ってねり歩いた。
ー休さん、それはあんまり…と周りから言われたがガンとして止めなかった。
これ風狂の例
この世で一番長い文字を書いてみろ、と言われ、
よっしゃと大きな筆を持って、だーっと真っ直ぐな棒を引き、最後にちょんと払った。
これが一番長い「し」の字。
これ、トンチの例。
ある金持ちが馬の掛け軸を持ってきて「これは大層高価な絵だから、賛を書いて欲しい」と依頼した。
賛というのは、絵の添え書きで、有名人に書いて貰うと値が上がる。
ー休さんは「馬じゃげな」と書いた。
怒った金持ちはその絵を蓮如上人(浄土真宗の名僧)に持って行った。
蓮如さんは「そうじゃげな」と書いた。
これ、俗物を懲らしめるの例。
以下、私の素人意見──
一休さんは、時代にカンフル剤を打とうとした人だと思う。
一休さんの逸話(トンチ話)は単なる滑稽話ではない。
真摯に一生懸命、奇抜な事をやった。
小さな価値観、俗世の塵にまみれると、目先の事しか見えなくなる。
一休さんは、いわばトンカチを持ち歩いて、世俗の垢にまみれ、心が小さく凝り固まった人々の頭を叩いて廻った。
ただ、かなり強烈だ。
先の骸骨の例など、何故、ことさらにそんな事をしなければならないのか分からない。
正月くらい穏やかに過ごしていいじゃん、と思う。
道徳観の破壊も凄い。
「美女の淫水を啜る」って、坊さんがそこまで書かなくても…
などと言うと、頭をトンカチで叩かれるのだろう。
「親死に、子死に、孫が死に」
は、ある長者がお目出度い言葉を所望した時に書いた。
「縁起でもない」と怒る長者に言った。
「長幼の順に死ぬ、こんな目出度いことがあろうか!」
……
……
私は唯一の親孝行として「親より先には死なないようにしよう」と思っている。
今、妻の父が死にかけている。
90才に近いから、まあ大往生である。
肝臓病の毒が脳に廻って、錯乱が始まっているらしい。
どういう感情で、これを受け入れればいいのか、戸惑っている。
いずれあること、親が先で良かった。という意識はある。
…やっぱり、仏教ネタ、特に生死の話題は難しい。
ここまで書いてみて、ー休さんには何かしらの違和感を持つ。
騒がし過ぎるのだ。
……
……
これは私の身近であったこと。
ある家で、痴呆状態の老父が死んだ。
弔いに駆けつけた親戚たちの前で、その家の主婦は「よかった、よかった」と大喜びしていた。
これはもう、「人の心」ではない。
この主婦はその後、老いてから実の娘に同様の扱いを受けた。
癌で長く苦しんだ老母の通夜。
集まった子供と配偶者たちは、思い出を語り、笑いさざめいた。
老母の写真は、その様子を笑顔で見下ろしている。
こんな弔いがいい。
……
……
良寛さんは、江戸期の名僧。
でも、何で有名なのかが良く分からない。
俗世を生きる知恵がなくて、商人の家業をしくじり、出家した。
歌を詠み、子どもたちと鞠付きをして遊んだ。
夜、自分の庵に泥棒が入り、手当たり次第に持ち出そうとしているのを黙って見てた。
最後に「茶碗を忘れてるぞ」と声をかけた。
何にも無くなった部屋で、外を眺めて一句詠んだ。
「盗人(ぬすびと)に 取り残されし 窓の月」
家業をついだ弟から、「素行の悪い息子に意見してくれ」と頼まれて、久しぶりに生家を訪れた。
でも良寛さんに説教など出来るはずもなく、今日は言おう、明日は言おうと思っている内、帰る日となってしまった。
旅支度の良寛さんの草鞋の紐を結ぼうと、甥っ子が屈み込んだ。
その時、良寛さんは一粒、涙をこぼした。
その涙が甥の手元に落ちた。
それを見て、甥は全てを悟り、改心した。
良寛さんの辞世の句
「散る桜 残る桜も 散る桜」
う~ん
なんだか、良寛さんの話は心に沁みる。
私は「動」のー休さんより、「静」の良寛さんに、より深くシンパシーを感じるタチのようだ。
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雨降らば降れ 風吹かば吹け」
一休さんの名前の由来となった歌である。
一休さんが生きた室町中期は人心の荒んだ時代だったらしい。
南北朝の動乱から応仁の乱。
権力者たちは野合離散を繰り返し、もはや語るべき正義もなかった。
…なんだ、今と変わんないじゃん、と思うだろうが、当時は命のやり取りである。
庶民の生活はすぐに困窮し、餓死者が溢れた。
一休さんはもの凄く真面目な坊さんだった。
とことん思い詰めて、ポテンシャルはそのままで風狂な坊さんになった。
正月、竿の先に骸骨をぶら下げて「ご用心、ご用心」と言ってねり歩いた。
ー休さん、それはあんまり…と周りから言われたがガンとして止めなかった。
これ風狂の例
この世で一番長い文字を書いてみろ、と言われ、
よっしゃと大きな筆を持って、だーっと真っ直ぐな棒を引き、最後にちょんと払った。
これが一番長い「し」の字。
これ、トンチの例。
ある金持ちが馬の掛け軸を持ってきて「これは大層高価な絵だから、賛を書いて欲しい」と依頼した。
賛というのは、絵の添え書きで、有名人に書いて貰うと値が上がる。
ー休さんは「馬じゃげな」と書いた。
怒った金持ちはその絵を蓮如上人(浄土真宗の名僧)に持って行った。
蓮如さんは「そうじゃげな」と書いた。
これ、俗物を懲らしめるの例。
以下、私の素人意見──
一休さんは、時代にカンフル剤を打とうとした人だと思う。
一休さんの逸話(トンチ話)は単なる滑稽話ではない。
真摯に一生懸命、奇抜な事をやった。
小さな価値観、俗世の塵にまみれると、目先の事しか見えなくなる。
一休さんは、いわばトンカチを持ち歩いて、世俗の垢にまみれ、心が小さく凝り固まった人々の頭を叩いて廻った。
ただ、かなり強烈だ。
先の骸骨の例など、何故、ことさらにそんな事をしなければならないのか分からない。
正月くらい穏やかに過ごしていいじゃん、と思う。
道徳観の破壊も凄い。
「美女の淫水を啜る」って、坊さんがそこまで書かなくても…
などと言うと、頭をトンカチで叩かれるのだろう。
「親死に、子死に、孫が死に」
は、ある長者がお目出度い言葉を所望した時に書いた。
「縁起でもない」と怒る長者に言った。
「長幼の順に死ぬ、こんな目出度いことがあろうか!」
……
……
私は唯一の親孝行として「親より先には死なないようにしよう」と思っている。
今、妻の父が死にかけている。
90才に近いから、まあ大往生である。
肝臓病の毒が脳に廻って、錯乱が始まっているらしい。
どういう感情で、これを受け入れればいいのか、戸惑っている。
いずれあること、親が先で良かった。という意識はある。
…やっぱり、仏教ネタ、特に生死の話題は難しい。
ここまで書いてみて、ー休さんには何かしらの違和感を持つ。
騒がし過ぎるのだ。
……
……
これは私の身近であったこと。
ある家で、痴呆状態の老父が死んだ。
弔いに駆けつけた親戚たちの前で、その家の主婦は「よかった、よかった」と大喜びしていた。
これはもう、「人の心」ではない。
この主婦はその後、老いてから実の娘に同様の扱いを受けた。
癌で長く苦しんだ老母の通夜。
集まった子供と配偶者たちは、思い出を語り、笑いさざめいた。
老母の写真は、その様子を笑顔で見下ろしている。
こんな弔いがいい。
……
……
良寛さんは、江戸期の名僧。
でも、何で有名なのかが良く分からない。
俗世を生きる知恵がなくて、商人の家業をしくじり、出家した。
歌を詠み、子どもたちと鞠付きをして遊んだ。
夜、自分の庵に泥棒が入り、手当たり次第に持ち出そうとしているのを黙って見てた。
最後に「茶碗を忘れてるぞ」と声をかけた。
何にも無くなった部屋で、外を眺めて一句詠んだ。
「盗人(ぬすびと)に 取り残されし 窓の月」
家業をついだ弟から、「素行の悪い息子に意見してくれ」と頼まれて、久しぶりに生家を訪れた。
でも良寛さんに説教など出来るはずもなく、今日は言おう、明日は言おうと思っている内、帰る日となってしまった。
旅支度の良寛さんの草鞋の紐を結ぼうと、甥っ子が屈み込んだ。
その時、良寛さんは一粒、涙をこぼした。
その涙が甥の手元に落ちた。
それを見て、甥は全てを悟り、改心した。
良寛さんの辞世の句
「散る桜 残る桜も 散る桜」
う~ん
なんだか、良寛さんの話は心に沁みる。
私は「動」のー休さんより、「静」の良寛さんに、より深くシンパシーを感じるタチのようだ。
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