どんな老夫婦にも、新婚時代はある。
ファイミルにもあった。
当時はまだ、家庭にパソコンがあるのは珍しかった。
ビデオはあったけど、DVDはまだなかった。
関西に引っ越すとなった時
「パソコン買ってくれたら付いてく」と妻が意味不明のことを言い出し、大阪の日本橋で富士通のパソコンを買った。
「な~んも知らんけどやってみよ~♪」のタッチおじさん(イメージキャラ)が受けていた頃である。
このパソコンで、私はシュミレーションゲーム「三国志」「水滸伝」にハマった。
妻はネットにハマった。
かくて、夫婦間の会話は途絶えた。
そして愛情のカケラもない、冷え切った夫婦となり、現在に至っている( ̄∇ ̄)
シュミレーションゲームの「三国志」は10までやって、さすがに飽きた。
でも「水滸伝~天導108星」はホントに面白かった。
もし、全登場人物の中からプレーヤーを選べる、という改訂版が出たら、再びハマるだろう。
その時は武大(武松の兄、最弱キャラ)でプレイする。
話を戻して──
パソコンを買う前、私たち夫婦(新婚さん)は何をやっていたのか。
バーチャルではないゲームである。
例えば、ジェンガ。
妻の友人宅でプラ製の小さいのを知り、物足りなくて木製の本格的なのを買った。
そして妻とその友人3人、内2人が既婚。
つまり男2人、女4人でスキーリゾートに行ったとき、夜のお伴にジェンガを持って行った。
負けた人は罰ゲームとして、ウサギの着ぐるみ(新婚さんだからこんな寝間着も持っていた)を着てキャイーンのポーズをとる。
粗忽なコがいて、テーブルに近づく度にウリャ~と膝蹴りで倒してしまうので、高度な展開まで至らなかった。
その後、和歌山での台風被害の時、ジェンガは水浸しでカビてしまった。
ボードゲームのサッカーが無性にやりたくなり、冬のボーナスを当て込んで、オモチャ屋で一番大きいのを注文した。
棒の先についた人形を回転させてボールを蹴るという、お馴染みのヤツだ。
ところが、これで遊んでいると、猫の‘みる’がボールにちょっかいを出す。
しまいには、ボードの上にデンと座って「旦那さん、ボールはどこかね」と私を見上げる。
結局、このゲームは甥っ子にあげてしまった。
他には、これ
対戦型ボードゲーム「PATA」
月や星のついたサイコロを振り、象の人形で壺を取り合う。
それほど面白くもなかったが、象のキャラが可愛い。
新婚さんは可愛いものが好きなのである。
当時は、駅地下とか売店でポータブルのボードゲーム(マグネット付)がたくさん売られていた。
列車に乗ることは「旅」だったのである。
いろいろ買い漁って、家でやっていた。
夫婦の知能レベルがだいたい同じで、負けそうな時はズルをすればいいから、いつも接戦になった。
う~む軍人将棋、懐かし~
休日の午後、食卓テーブルで向かい合い、ふたりでゲーム。
愛猫がトン、とテーブルに上がってきて「何してるの?」と覗き込む。
‘ふぁい’は「あたしを見てよ」と私たちの間に割り込んでゲームの邪魔をした。
パソコンもスマホもない時代。
これが私の新婚風景。
▷▷▷
このブログ、
「ジェンガガール」の新衣装の御披露目の時にアップするつもりだった。
でも待ちきれなくて書いてしまった。
ジェンガガール、
昨年まではprediaの玲ちゃん↓
そして今年は同じくprediaのアッキーと桜っちょ。
イベント、やって欲しいな~
ファイミルはジェンガ歴、長いんだぜ
…弱いけど
↑新ジェンガガール、
二人合わせて、アキらっちょo(^▽^)o
Android携帯からの投稿
『ノ・ゾ・キ・ア・ナ』はどうやらエッチなアニメらしい。
エッチなのは苦手、とルナが言った。
オレも、と私が答えた。
ルナは正直者だが、私は嘘つきである。
とは言うものの、私はもう長い間、アニメを見ていない。
なんか、絵に魂(アニマ)が入っている気がしないのだ。
じゃあ、昔のアニメはそんなに良かった?
いいや。
今見ると初期のTVマンガ(アニメ)は紙芝居みたい。
エイトマンのDVDを見たら、焦った時の飛び散る汗とか、電話が鳴る音の波線とかがそのまんま描かれていた。
問題は私の感性にある。
初老のファイミルの嗜好が変わったのだ。
以前、マイマイが出ているタカラの広告が見たくてビッグコミックを買った…結局ハズレ、載ってなかった。
だが、せっかく買ったこの雑誌、ついに1ページも読まなかった。
かつての「マンガ大好き青年」も、今のマンガには全く興味がない。
人間って、歳をとると変わるんだな~と、つくづく思った。
今の私が若い人達と共感出来るのは、たった一つ…prediaだけ。
もちろん、魅力の感じ方はそれぞれ違うだろうけどね。
さて、BR『ノゾキアナ』の発売記念イベント。
エンディング曲を歌っているprediaのライブである。
アニメに使われた曲『Going to Ride』は『Crazy Cat』に匹敵する「攻めの曲」
初めて観たとき、動きの激しさに
レディがビーストになった!
と思った。
特に腕を斜めに振り下げ、腰を縦に振る、という振り付け。
♪今、空、駆け、巡る星に
解き、放つ、時、を飛び越えて
期待、したい、未来、に賭けてみる♪
そして
♪We're going to ride♪
でアカネンが脚を蹴り上げる。
気迫がこもっている。
ライブで繰り返し観ている内にお気に入りの曲になった。
──と、ここまでを金曜~ルナが髪を染める前~に書いていた。
▷▷▷▷▷
イベント当日
秋葉ソフマップの7F。
アイドルのコメント入りポスターがずらりと並んでいる。
いつもながら、アイドルオタでもない私が、どうして此処に居るんだろうと思う。
prediaを追って体験するのは未知の事ばかりだ。
整理番号順に呼ばれて8Fへ。
番号が良かったので最前列中央。しかも椅子席。
相撲で言えば砂かぶり(例えが悪いね)
小さなステージをまともに見上げるから、鼻がよく見えた。
ルナは縦長で、めぐしゃんは意外と小さかった。
私の場合の「ノゾキアナ」は「ハナノアナ」だったなぁ、とショーモナイことを考えた。
パフォーマンスは1曲「Going to Ride」だけ。
物足りないが事務所主催のイベントではないから、仕方があるまい。
その代わり、砂かぶりの迫力はすごかった。
誰を見てても目が合いそうだった。
アカネンの蹴り。かかとが額の上に飛んできた。
記念撮影。そしてメンバー全員と会話が出来た。
まずは満足。
外に出ると初夏の穏やかな午後。気分が良い。
↑全員撮影「ノゾキアナ」バージョン。
《以下、無用の事ながら…》
金曜日。ルナが赤毛の先をピンクに染めたと知って、ドン引きした。
持って生まれた黒髪を傷めてまで、そんな不自然なことをしたがる理由。私には分からない。
今日、先輩のファンと話をした。
──どんなにパフォーマンスの腕を上げても、目に留まらなきゃ始まらない。目立つようにするのもいいと思うよ──
なるほど、そういうものか…
実際、ルナのトークとパフォーマンスを観て思った。
そのコが「健康な笑顔」を見せているのなら、
年寄りが余計なロを挟むには及ばない。
この2年弱、私は何度かルナを嫌いになってきた。
理解できないからである。
でも、今度も「ルナ嫌い期」はクリア出来てしまうようだ。
9日のワンマンは、ルナの「元気に跳ねる髪」を楽しみに出掛けるつもり──
今の私の嗜好である。
Android携帯からの投稿
エッチなのは苦手、とルナが言った。
オレも、と私が答えた。
ルナは正直者だが、私は嘘つきである。
とは言うものの、私はもう長い間、アニメを見ていない。
なんか、絵に魂(アニマ)が入っている気がしないのだ。
じゃあ、昔のアニメはそんなに良かった?
いいや。
今見ると初期のTVマンガ(アニメ)は紙芝居みたい。
エイトマンのDVDを見たら、焦った時の飛び散る汗とか、電話が鳴る音の波線とかがそのまんま描かれていた。
問題は私の感性にある。
初老のファイミルの嗜好が変わったのだ。
以前、マイマイが出ているタカラの広告が見たくてビッグコミックを買った…結局ハズレ、載ってなかった。
だが、せっかく買ったこの雑誌、ついに1ページも読まなかった。
かつての「マンガ大好き青年」も、今のマンガには全く興味がない。
人間って、歳をとると変わるんだな~と、つくづく思った。
今の私が若い人達と共感出来るのは、たった一つ…prediaだけ。
もちろん、魅力の感じ方はそれぞれ違うだろうけどね。
さて、BR『ノゾキアナ』の発売記念イベント。
エンディング曲を歌っているprediaのライブである。
アニメに使われた曲『Going to Ride』は『Crazy Cat』に匹敵する「攻めの曲」
初めて観たとき、動きの激しさに
レディがビーストになった!
と思った。
特に腕を斜めに振り下げ、腰を縦に振る、という振り付け。
♪今、空、駆け、巡る星に
解き、放つ、時、を飛び越えて
期待、したい、未来、に賭けてみる♪
そして
♪We're going to ride♪
でアカネンが脚を蹴り上げる。
気迫がこもっている。
ライブで繰り返し観ている内にお気に入りの曲になった。
──と、ここまでを金曜~ルナが髪を染める前~に書いていた。
▷▷▷▷▷
イベント当日
秋葉ソフマップの7F。
アイドルのコメント入りポスターがずらりと並んでいる。
いつもながら、アイドルオタでもない私が、どうして此処に居るんだろうと思う。
prediaを追って体験するのは未知の事ばかりだ。
整理番号順に呼ばれて8Fへ。
番号が良かったので最前列中央。しかも椅子席。
相撲で言えば砂かぶり(例えが悪いね)
小さなステージをまともに見上げるから、鼻がよく見えた。
ルナは縦長で、めぐしゃんは意外と小さかった。
私の場合の「ノゾキアナ」は「ハナノアナ」だったなぁ、とショーモナイことを考えた。
パフォーマンスは1曲「Going to Ride」だけ。
物足りないが事務所主催のイベントではないから、仕方があるまい。
その代わり、砂かぶりの迫力はすごかった。
誰を見てても目が合いそうだった。
アカネンの蹴り。かかとが額の上に飛んできた。
記念撮影。そしてメンバー全員と会話が出来た。
まずは満足。
外に出ると初夏の穏やかな午後。気分が良い。
↑全員撮影「ノゾキアナ」バージョン。
《以下、無用の事ながら…》
金曜日。ルナが赤毛の先をピンクに染めたと知って、ドン引きした。
持って生まれた黒髪を傷めてまで、そんな不自然なことをしたがる理由。私には分からない。
今日、先輩のファンと話をした。
──どんなにパフォーマンスの腕を上げても、目に留まらなきゃ始まらない。目立つようにするのもいいと思うよ──
なるほど、そういうものか…
実際、ルナのトークとパフォーマンスを観て思った。
そのコが「健康な笑顔」を見せているのなら、
年寄りが余計なロを挟むには及ばない。
この2年弱、私は何度かルナを嫌いになってきた。
理解できないからである。
でも、今度も「ルナ嫌い期」はクリア出来てしまうようだ。
9日のワンマンは、ルナの「元気に跳ねる髪」を楽しみに出掛けるつもり──
今の私の嗜好である。
Android携帯からの投稿
さて、『百年の時計』
まずは舞台挨拶。
「ナマ晴夏」を初めて眼にした。
キョン、とした佇まいが愛らしい。
猫は尻尾で感情表現する。
「えっ!?」とか
「どーしよーかな~」とかは
尻尾の動きで分かる。
木南さんは背中にカゲロウの羽根がついている。
それが「参ったな~」で下を向き
「ちょっと!ヤメテよ~(汗)」でパタパタする。
…オジサンの妄想( ´艸`)
そして映画。
丁寧に練られた映画である。
「ことでん」の走る風景が、おとぎ話のように美しかった。
ドラマ作りは難しい。
エピソードを積み重ねて、ストーリーを紡いでいく。
エピソードの繋げ方ひとつで、結末自体が変わってしまうこともある。
人生も映画も、結末はひとつしかない。
予め決めたエンディングに遮二無二持って行こうとすると、シーンを置きにいくことになる。
自然な流れが出来ずに、継ぎ接ぎでチープな映画になる。
だからストーリーを紡ぐのは、際どい際どい作業である。
テーマは「時」である。
それが描き出されているかどうか。
クライマックスの「アート」をどう評価するか。
それは観る人次第──
私の感想として
叙情的な映画であれば、もっとセリフを削ぎ落とし、肉体(表情)での表現に徹しても良かったと思う。
セリフとは、映像で伝え切れない部分を埋めるもの。
この映画、セリフは半分でもいいと思った。
クライマックス、老婆のモノローグが良かった。
パンフを見たら小林トシ江さん……えっ?
『私が棄てた女』の?
凄い女優さんを使ってたんだ。
妻は、ワガママな親を持つ娘が「父がご迷惑をお掛けしてすみません」とペコペコする姿に共感したそうだ。
人それぞれだね。
木南さんのシーンは全編、華があり引き込まれたが、
特にジェラシーで瞳が上向くシーンで、会場がザワめいた。
…みんなこの表情が見たかったんだね(o^^o)
映画を観に行くには、結構な気力が必要である。
歳を取るにつれて、映画館に行く回数はめっきり減った。
結局つまらなかった時の落胆が、応えるのだ。
『百年の時計』は、しっかり作られていて、観終わって爽やかだった。
拍手をしようと待ち構えていたが、そんな慣習がないらしく、やりそびれた。
出演者・スタッフが待機しているのだもの、拍手を聞いてほしかった。
そんなわけで、今日の映画は良い収穫だった。
きっかけとなった木南さんに感謝──
(^_^)ノ
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まずは舞台挨拶。
「ナマ晴夏」を初めて眼にした。
キョン、とした佇まいが愛らしい。
猫は尻尾で感情表現する。
「えっ!?」とか
「どーしよーかな~」とかは
尻尾の動きで分かる。
木南さんは背中にカゲロウの羽根がついている。
それが「参ったな~」で下を向き
「ちょっと!ヤメテよ~(汗)」でパタパタする。
…オジサンの妄想( ´艸`)
そして映画。
丁寧に練られた映画である。
「ことでん」の走る風景が、おとぎ話のように美しかった。
ドラマ作りは難しい。
エピソードを積み重ねて、ストーリーを紡いでいく。
エピソードの繋げ方ひとつで、結末自体が変わってしまうこともある。
人生も映画も、結末はひとつしかない。
予め決めたエンディングに遮二無二持って行こうとすると、シーンを置きにいくことになる。
自然な流れが出来ずに、継ぎ接ぎでチープな映画になる。
だからストーリーを紡ぐのは、際どい際どい作業である。
テーマは「時」である。
それが描き出されているかどうか。
クライマックスの「アート」をどう評価するか。
それは観る人次第──
私の感想として
叙情的な映画であれば、もっとセリフを削ぎ落とし、肉体(表情)での表現に徹しても良かったと思う。
セリフとは、映像で伝え切れない部分を埋めるもの。
この映画、セリフは半分でもいいと思った。
クライマックス、老婆のモノローグが良かった。
パンフを見たら小林トシ江さん……えっ?
『私が棄てた女』の?
凄い女優さんを使ってたんだ。
妻は、ワガママな親を持つ娘が「父がご迷惑をお掛けしてすみません」とペコペコする姿に共感したそうだ。
人それぞれだね。
木南さんのシーンは全編、華があり引き込まれたが、
特にジェラシーで瞳が上向くシーンで、会場がザワめいた。
…みんなこの表情が見たかったんだね(o^^o)
映画を観に行くには、結構な気力が必要である。
歳を取るにつれて、映画館に行く回数はめっきり減った。
結局つまらなかった時の落胆が、応えるのだ。
『百年の時計』は、しっかり作られていて、観終わって爽やかだった。
拍手をしようと待ち構えていたが、そんな慣習がないらしく、やりそびれた。
出演者・スタッフが待機しているのだもの、拍手を聞いてほしかった。
そんなわけで、今日の映画は良い収穫だった。
きっかけとなった木南さんに感謝──
(^_^)ノ
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