以前からあった。
考えないようにしていただけだ。
一人相撲をしているだけ
客観的に見れば当たり前のこと。
親子ほども歳の違う、若い人達の芸能活動を応援し、追いかけてきた。
しかし私には、彼女たちの胸の内は分からない。
だから共感のしようもない。
ファンは与えられた僅かな情報を押し頂くだけ。
頭はあれやこれやと推量して一喜一憂する。
身体はイベントを見逃すまいと躍起になる。
熱心であればあるほど振り回される。
膨大なエネルギーを費やす片思い。
ファンとは何て最下層な立場なのだろうと思う。
声が聞こえる
不満なら去れ!
分かり合えない世界──情報が遮断されているという意味でも──
それは大きな河の対岸で起きている風景
私は必要なピースではない。
street sparrow という言葉がある。
つまり「街雀」
街角で見かけるスズメは可憐で可愛い。
でも、それ以上でもそれ以下でもない。
ただ一方的に眺めるだけ。
これを認めるのにしばらく掛かった。
しょせん私の一部にはなり得ない。
下層芸人の妹分に収まっているタレントに、憧れの気持ちは湧かない。
見上げるだけの仰角がない。
果たして、支持すべき矜持──敬愛を込めて仰ぎ見るべき想い──は有るのだろうか?
ただ有名になりたいだけ?
そして結果として事務所の消耗品となって終わるだけ?
……でなければ良いのだけれど。
ステージでの歌と踊りが良いと思える内は、そのパフォーマンスは鑑賞する。
今、言えるのはそのことだけだ。
私の躁(騒)の時代は終わりに近づいている。

このブログをアップする直前、スピンオフのユニットが秘密裏にデビューしていたことを知った。
ファンのみんなは慌てて追いかけ始めるだろう。
私はもうバタバタしない。
それは対岸で起きている風景───
Android携帯からの投稿






