空はどこから/猫の長靴 -119ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

虚しさを感じることがある。
以前からあった。
考えないようにしていただけだ。

一人相撲をしているだけ
客観的に見れば当たり前のこと。


親子ほども歳の違う、若い人達の芸能活動を応援し、追いかけてきた。
しかし私には、彼女たちの胸の内は分からない。
だから共感のしようもない。

ファンは与えられた僅かな情報を押し頂くだけ。
頭はあれやこれやと推量して一喜一憂する。
身体はイベントを見逃すまいと躍起になる。
熱心であればあるほど振り回される。
膨大なエネルギーを費やす片思い。 
ファンとは何て最下層な立場なのだろうと思う。


声が聞こえる

不満なら去れ!



分かり合えない世界──情報が遮断されているという意味でも──

それは大きな河の対岸で起きている風景

私は必要なピースではない。



street sparrow という言葉がある。
つまり「街雀」
街角で見かけるスズメは可憐で可愛い。
でも、それ以上でもそれ以下でもない。
ただ一方的に眺めるだけ。

これを認めるのにしばらく掛かった。
しょせん私の一部にはなり得ない。

下層芸人の妹分に収まっているタレントに、憧れの気持ちは湧かない。
見上げるだけの仰角がない。


果たして、支持すべき矜持──敬愛を込めて仰ぎ見るべき想い──は有るのだろうか?

ただ有名になりたいだけ?
そして結果として事務所の消耗品となって終わるだけ?
……でなければ良いのだけれど。

ステージでの歌と踊りが良いと思える内は、そのパフォーマンスは鑑賞する。
今、言えるのはそのことだけだ。


私の躁(騒)の時代は終わりに近づいている。






このブログをアップする直前、スピンオフのユニットが秘密裏にデビューしていたことを知った。
ファンのみんなは慌てて追いかけ始めるだろう。

私はもうバタバタしない。
それは対岸で起きている風景───









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これはボツ原稿である。
編集記事をチェックしてたら見つかった。


昨年の11月2日、学園祭に出演したprediaの記事、のはずだった。

ライブは楽しかったのだけど……
今の学祭って禁酒なんだねぇ~(゚Д゚;)

ゲロまみれの青春を送ったファイミルには何とも物足りず、そのあと上野に立ち寄った。

露天の居酒屋でホッピーをがぶ飲みしつつ、この記事を書き始め……
肝心のライブの様子を書く前に……
力尽きた。


このまま削除しようかと思ったけれど、まあね
酒の勢いは出てるかなぁ
ということで……



◇◇◇◇◇◇


学園祭なんて、もう30年近く行ってない。

昔の記憶といえば、
仮装行列でゴキブリの扮装で踊ったとか、
夜通し張りぼて作ってたらレッドの大瓶がぶ飲みして潰れた奴がいたとか、
どこぞの寮で焼いたクレープで売店やってコンパ代稼いだとか……

文化祭と言いながら、どこが「文化」なんだろね



でも、映画は安く観れたなぁ

医学部主催の上映会は、黒澤明の
『静かなる決闘』
チラシに書かれたキャッチコピーは
「梅毒になる前に見ておけ!」


野戦病院で梅毒に感染した医者(三船敏郎)。
感染するから性交渉は出来ない。病気を隠し、婚約者とも別れ、医療一筋に生きる。
貧しい病人たちから、聖人のように慕われる──

ラスト近く、主人公の父親(志村喬)が事情を知る旧友に呟く

「幸せだったら、あんがい俗物に成ってたかも知れませんな…」


感銘を受けた私と友人は屋外のビアガーデン(某サークルの活動資金稼ぎ)でジンギスカンをパクつきながら

俺たちは駄目だなぁ
厳しさが足りないよなぁ

「幸せ」だから……

などと語り合ったのだった。


▷▷▷▷▷


さて、法政大学の学園祭。
アイドル文化研究会(通称、アイ研)の主催ライブ。
prediaが出演するというので行ってみた。

アイドル研究って、何を「研究」してるんだろね。

私が子供の頃から、早稲田とか東大とかに「キャバレー研究会」だの「おかま研究会」だのがあるって話題は聞いていた。

学生の軽佻浮薄は昔っから変わりゃしない。
良いも悪いも言うだけ野暮ってもんだ。


それよりも、若者の祭典にpredia恋しさでノコノコ現れた、
この初老のオヤジの立ち位置って、何だろ?

そこでいつもの現実逃避──


もし、訊かれたら(誰も訊きゃしないが)こう答える

昨日、仕事で東京さ出てきたんじゃが、
なんでも姪っ子が今日ステージに立つらしい。
一度晴れ姿を見たくてのう

えっ?姪っ子の名前?

prediaってグループの……


こんな妄想も

「めっちゃええやん!」



この時点でベロベロに酔っぱらっていた( ̄○ ̄)









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大林宣彦監督の映画『さびしんぼう』の冒頭シーン。
さんざめく女子高の校庭が映し出され、尾美としのりさんのナレーションが入る───

──ここは宝の山だ──

まあねえ、気持ちは分かる。よく分かるよ。女子高生は可愛いよねえ。

でも、アリ塚見てるわけじゃないんだから、「一山いくら」じゃなくて、もっと人間性を見ようよ……と、思わなくもない。




TVを観ていて、可愛いな~と思う人たちがいる。

『ゴッドタン』は2011年のサチコ事件(勝手にそう呼んでいる)以来、毎回観ているが、先日の放送、マジ歌選手権で印象的だったのは、

この人



バイきんぐの小峠さん。

全力でパンクロックを歌いきり、
その必死さが爆笑を誘い……


ヘロヘロになって、審査員の後ろに隠れて酸素を吸っていた。



フット後藤さん(我らがジェッタシー)も可愛いな~と思う。


真剣に歌えば歌うほど、可笑しいのである。



あと、ハマカーンの浜谷さんも好きである。


これは、まりにゃんも出演した『一狩りいこうぜ!4』のワンシーン。


この人たちは、真面目で一所懸命になればなるほど面白い。
人を傷つけるネタをやらない。
自分を追い詰めて、笑わせる。

哀しくて可笑しい。

そんな人を、私は人として可愛い、と思う。



こんな感じの人、他にもいたよな~

と頭のページをめくっていったら……


ルナに辿り着いた。

ルナに最初に惹かれたのは、『あっと驚く放送局~20dia』
場を盛り上げようと奮闘し、頑張れば頑張るほど滑る──

その真剣さが堪らなく可愛かった。


つまり、小峠さんと松本ルナは私の頭の中で、「可愛さ」において同類なのである。


↓松本ルナ





おっと、顔が分からん



これぞルナ



違いといえば、
小峠さんはお笑いのセンスがあって、ルナにはあまり無い。

でも、ルナは容姿が美しく、気持ちが優しく、
力いっぱいのパフォーマンスをする。
それがルナの才能(タレント)である。


ルナは真面目で一所懸命な時が、一番可愛い。


だから、ヘタリ込む程に激しいパフォーマンスをして、笑顔の余裕も無くなった時、最高に輝いて見えるのかも知れない。


でも、このコは時に勘違いする。
ふざけるのが面白いと思っている。
考えてごらんよ。人がふざけている姿なんか、可笑しくもなんともない。


本当の人間の面白さは、
真剣に頑張る姿の、煌めきと哀しさの中にある。




「可愛い」という言葉は、今や使い回されて擦り切れた言葉である。
なにしろ「No Bad」なものは、みんな「可愛い」で済まされてしまう。

一度封印して、別の言葉に置き換えてみては、と思う

例えば──
可憐、愛嬌、そして健気(けなげ)

私は健気という言葉が好きだ。
そしてルナは健気である。


人間の個性、人品の善し悪しは、余裕をなくした時に現れる。

「どんな風にカッコ悪いか」だ。

カッコ悪いのは、自分の能力以上のことをしようとしている証。

だから私は
「仕事はカッコ悪くやるものだ」と思っている。


ただし、私のカッコ悪さは面白くもなんともない。人品の卑しさが出るからである。



カッコ悪さを、可笑しく、哀しく、共感を持って見せられる人──
それが本物のタレント(才能のある人)なのである。








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