対岸の風景 | 空はどこから/猫の長靴

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

虚しさを感じることがある。
以前からあった。
考えないようにしていただけだ。

一人相撲をしているだけ
客観的に見れば当たり前のこと。


親子ほども歳の違う、若い人達の芸能活動を応援し、追いかけてきた。
しかし私には、彼女たちの胸の内は分からない。
だから共感のしようもない。

ファンは与えられた僅かな情報を押し頂くだけ。
頭はあれやこれやと推量して一喜一憂する。
身体はイベントを見逃すまいと躍起になる。
熱心であればあるほど振り回される。
膨大なエネルギーを費やす片思い。 
ファンとは何て最下層な立場なのだろうと思う。


声が聞こえる

不満なら去れ!



分かり合えない世界──情報が遮断されているという意味でも──

それは大きな河の対岸で起きている風景

私は必要なピースではない。



street sparrow という言葉がある。
つまり「街雀」
街角で見かけるスズメは可憐で可愛い。
でも、それ以上でもそれ以下でもない。
ただ一方的に眺めるだけ。

これを認めるのにしばらく掛かった。
しょせん私の一部にはなり得ない。

下層芸人の妹分に収まっているタレントに、憧れの気持ちは湧かない。
見上げるだけの仰角がない。


果たして、支持すべき矜持──敬愛を込めて仰ぎ見るべき想い──は有るのだろうか?

ただ有名になりたいだけ?
そして結果として事務所の消耗品となって終わるだけ?
……でなければ良いのだけれど。

ステージでの歌と踊りが良いと思える内は、そのパフォーマンスは鑑賞する。
今、言えるのはそのことだけだ。


私の躁(騒)の時代は終わりに近づいている。






このブログをアップする直前、スピンオフのユニットが秘密裏にデビューしていたことを知った。
ファンのみんなは慌てて追いかけ始めるだろう。

私はもうバタバタしない。
それは対岸で起きている風景───









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