───小市民はみんなそう思っている。
自分は理解されていない、チャンスを与えられていない、能力が発揮できていない……
愚痴って周りのせいにする。
私もまた不遇である
つまり、小市民である。
20代最後の頃、私は「不遇」だった。
現場に立ちたくて会社に入ったのに、事務職に回された。
「机の上に『林業』はない!」
毎日が不満でずっと転職を考えていた。
マイカー通勤、夕刻。
会社からまっすぐアパートに戻る気になれず、夜のバイパスを何時間も走りつづけた。
カーオーディオ(当時はカセットテープ)で何度も同じ曲をリフレインした。
──その後、不摂生がたたって腎臓病で入院する事となる。
その時、聞き続けた曲の一つ、
吉田拓郎の
『ふざけんなよ』
♪
信じる何かが 見つかるまでは 走ってみたいのさ
若さが時には じれったいけれど クヨクヨしたくない
人それぞれが毎日を
精一杯に感じれば
街で踊り狂うのも
美しい想い出じゃないか!
………
♪
正しい事だけ話してくれるな 息がつまりそう
月日が経てば誰だって
「人生」の文字にしがみつく
間違う事は 怖いけど
現在(いま)を止めれるものはない!
やさしさ売る奴 出しゃばるなよ
愛にうえた時 甘えるなよ
自分でこの道選んだら
手助け無用にしておくれ アッハハハハ~
流れる川に逆らう時でも
怒りを海に捨てる時でも
オイラ話せない
誰にも話さない
黙りこむ事を「卑怯」と呼ぶのかい~!
ふざけんなよ
ふざけんなよ
ふざけんなよ
ふざけんなよ
赤い血が 見えないか~♪

今、私は「黙り込む」ということについて考えている。
自分の言葉が伝わらない
どんなに言葉を選び、言葉を重ねても、
ドロドロとした胸の内は伝わらない
それ以前に、自分の想いが言葉で整理出来ていない
人間は「言葉」を発明した。
しかしそれは不完全なもの。
人間は言葉を使いこなせない「言語障害者」でもあるのだ。
言葉を無理に紡ごうとすると、童話のように、口からワラワラと毒虫が溢れ出してきそう───
そんな時は、黙り込むしかない。
▷▷▷▷▷
今週、気になるコが出ていたので『Deep ナイト』という地上波の深夜番組を観た。
本来は様々な筋の専門家が登場して「衝撃の事実!」とやらを披露する番組なのだが、何かプログラム上の事情があったのだろう。
いつもはWall Flowerで後ろに座っているだけの若い女性タレントがひな壇に並んだ。
題して「現役タレントの はしくれ達が暴露!早押し暴露No.1決定戦」
その暴露がエグい、
下着の色、初体験、付き合った男の性癖……公共の電波で流すようなネタじゃない。
受けたら胸の谷間におひねりを挟んでもらえ、枚数が多ければ、次回、ゲスト席に座らせてもらえる。
作り手がノっていないのが空気で分かった。企画が途絶えての穴埋めなのだろう。
MCの名倉さんに精気がない。
レベルの高い芸人ならば、こんな企画に出演するのは不本意だ。
そしてこの番組、大人の配慮はキチンとされていた。
すべて私生活の暴露、芸能界ネタはない。しゃべらせている大人たちには飛び火しない。
傷つくとすれば、注目されようと競い合って私生活を曝している女の子たちだけ(それを見て、その子に親しい感情を持っている人たちはどう思ったか)
「頑張る」方向を間違っている。
頑張るとは、頑として我を張る───自分を大切にすることなのだ。
さて、私のお気に入りの女のコはどうしたか?
最上段の端で、ニコニコと笑っていた。ついに一言も話さなかった。
私は以前、某バラエティで「人気タレント」が地方の演歌歌手を散々に侮辱するシーンを見た。
その後ろで終始笑顔を見せていた Wall Flowerの女の子にブログで語りかけた───
不快な時は不快な表情をしていいんだよ。芸能とは人間の感性に訴えるもの。どんな風に「人間らしいか」がその人のタレント性なんだ───
でも、不本意でもその場所で笑顔を作っていなければならないとしたら………
あとは「黙っている」という自己表現しかない。
TV界(芸能界)というのは、人間社会の闇部を、いとも無造作に曝してくれる。
傲慢な強者と、
おもねる弱者、あるいは黙り込む弱者。
でも、それはどの社会でも同じこと。TVほど露骨じゃないだけだ。
私は過去、立場の強いものに対して、黙り込む(あるいは静かなサボタージュ、影に回っての愚痴)を繰り返してきた。
その傾向は歳とともに高まっている。
そして、後輩が私の発する言葉に黙り込む、ということが増えてきた。
沈黙が意味するものとは何か?
諦め、反抗、軽蔑、そして自己嫌悪………
自分の気持ちに余裕のなくなった時ほど、己に向けられた「沈黙」の意味を感じ取らなくては、と反省する。
「黙り込む」というのは、言葉で分かり合えない人間にとって、究極の言語表現なのかも知れない。
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