赤い花なら 曼珠沙華(まんじゅしゃげ)
オランダ屋敷に 雨が降る~♪
私は北海道の田園地帯で育ったが、曼珠沙華は見たことがなかった。
関西で畦道いっぱいに咲くこの花を見て、ああ、これか、と思った。
そしてこの歌を口ずさんだ。
20代後半から30代にかけて、私は昭和初期の歌を良く聴いていた。
もっとも、端唄や浪曲も聴いていたから、その延長線上にある。
端唄はいわば、明治時代の流行歌である。だから漱石の『吾が猫』にも「猫じゃ猫じゃ」が登場する。
大正時代なら、オペラかな
♪ベアトリねえちゃん まだネンネかい
鼻からちょうちんを出して♪
───日本語の訳も自由闊達である。
27日、川口市の温泉施設に『東京大衆歌謡楽団』を聴きに行った。
大広間のステージ、いわば宴会場でのゲスト出演である。

アコーディオン、コントラバス、ボーカルのトリオ。
この歌手(高島さん)が垂らした両手の拳を握り締め、声量のある真っ直ぐな声で昭和歌謡を歌う。
もはやCDでしか聴けないと思っていた、この東海林太郎ばりの歌い方、初めて生で聴いたときは感激した。
上述の『長崎物語』もこの日、聴けた。
♪赤い花なら曼珠沙華
いいね、実にいい。
日本語が綺麗だ。
知らない曲もけっこうあった。
そりゃそーだ、私はその時代を生きていない。私の記憶はたまたま耳にした懐メロと、何度もリプレイしたCD、カセットテープの中にしかない。
でもね
♪花摘む野辺に陽は落ちて~
♪ねむの並木を お馬の せなに ゆらゆらゆらと
ああ、この情緒!
そして
♪月がとっても青いから 遠回りして帰ろ~
あの鈴掛の 並木路は
憧れの小径よ
腕をやさしく組み合って
ふたりっきりで
さあ~ 帰ろ~♪
淡い慕情とキリリとした決意。
堪らなく好きである。
因みにこのステージでは、お客がステージに上がって演者の胸ポケットにお札を差していく。
差し易いように割り箸に千円札を挟んだりしている。
へえ~、大衆芸能のおひねりって、こうやるんだ~、と思った。
物販・握手券のアイドル業界とはシステムが違うなあ
←当たり前だ
今回は宴会場だったけど、次は大衆芸能のメッカ、浅草での演奏会が観たいな~
というより……行く!
さて、私が何故この『東京大衆歌謡楽団』を知ったのか……
今年の3月下旬、井の頭公園『海がつなぐ絆祭り』を見た後、夫婦でそぞろ歩いていたら、駅前での路上ライブで見かけた。

時代を超えて、ポコンと出現した「昭和の歌」
駅前広場のフェンスにもたれ、飽かずに聴いていた。
一曲終わる毎に、二人で盛大に拍手した。
ボーカルの高島さんは、その都度、律儀に深々とお辞儀をした。
演奏が終わってから近づいて、少し会話をした。
この人達が何者なのか、全く見当がつかなかった。
きっと演奏会に行きますね、と言ってから、4カ月も経ってしまった。
私はこの手の歌を聴くと、胸が湧き立つような懐かしさを感じる。
まだ生まれる前の歌である。
───ひょっとすると、前世でこの時代に青春期を過ごしたのかも知れない。
高島さん達トリオは、今、30才前後。私よりはるかに若い。
元々は世界の民族音楽を演奏していて、昭和歌謡に出会った。
ここに世界の音楽の全てが入っている、と感じたそうだ。
ひょっとすると、『坂の上の雲』の時代から昭和初期(軍部の台頭前)は、日本人が健全なコスモポリタンだった時代かも知れない
………安易な断定は出来ないけれど
或いは、彼らもまた、前世で当時の流行歌を歌っていたのかも知れない。
それを前世の私が聴いていたかも知れない。
だとしたら、これは仏教用語で謂うところの「他生の縁」である。
次に聴くとき───
もし、リクエストが出来るなら、高島さんの朗々とした声で、この曲を歌ってほしい。
私の心象風景
灰田勝彦の『森の小径』───
♪
ほろほろ こぼれる 白い花を
うけて泣いていた 愛らしいあなたよ
憶えているかい 森の小径
僕もかなしくて 青い空仰いだ
なんにも言わずに いつか寄せた
ちいさな肩だった 白い花夢かよ
LuLu..Lu.LuLuLu....
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