病院で出会ったこと | 空はどこから/猫の長靴

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

タバコは百害あって一利なし、と言われるが、一利は有るのである。

何の嬉しいことも無くて、タバコなんか吸うものか。


入院していた時、喫煙室は患者達の、一種のサロンだった。
いつも同じようなメンツが集まって、何となく仲間意識が芽生えていた。

喫煙室の箱の中、老若男女の人間模様を、私は興味深く眺めていた。
時には別の階の喫煙室にも遠征した。

何の利害関係もないから、みんな対等である。
「患者」という弱者であるから、威張る人もいない。
不愉快な思いをしたい人もいないから、みんなフレンドリーである。
その中で、一番若かったのが私だった。


もの静かで恰幅の良いオジサンがいた。興味を持って話を聞いていると、この人は北海道で始めて冬タイヤを売り出す時、パイオニアとして送り出された営業マンだった。
まだそれ程の老齢でもなかったはずだが、将来入る老人ホームも決めていた。
悠然として、一人きりの老後を送る覚悟が出来ている人だった。


夜中に眠れず、いつも喫煙室をうろうろする白髪の痩せた老人がいた。
私も寝付きが悪かったので、夜中によく喫煙室に行っていた。
その人の息子さんは、父の治療の都合に合わせて、結婚式の日取りを決めたという。来週、外泊を取って式に出席する。
息子に迷惑をかけた、というその人に
「息子さんも誰よりもお父さんに出席してほしいんですよ」と言うと、くう~っと身を屈めて泣き出した。


土木作業員をしてきた男性が、もう身体を使う仕事は出来ないと宣告された。
「そんなこと言われたって、事務仕事なんて出来ない」
暇つぶしに読む本も思いつかず、共有スペースに放置されていた少女雑誌をつまらなそうにめくっていた。


いつも一緒に顔を出す中年女性のコンビがいた。
私はこの二人に、勝手に「華さん」「百合さん」というあだ名をつけていた。

華さんはいつも紺色に花柄のパジャマを着ていて、髪はボブでガラッパチな人だった。
外泊する日、おじさん達の「父ちゃんに可愛がってもらえよ~」という冷やかしに「あいよ~」と後ろ手を振って喫煙室を出ていった。

百合さんはフリルのついた白いパジャマを着て、髪を後ろで縛り、基本なよなよした人だった。腎臓病が進行していて、肌は黒く変色していた。
この人とは、退院後も通院患者の待合室で良く顔を合わせた。
通りかかった医者に「まだしばらく通わなきゃならんね」と言われ、子供のようにイヤイヤをした。
一軒家の一人暮らしで、雪が積もると大変だと嘆いていた。
一度雪掻きに行ってあげたいと思っていたが、果たせないままになった。


喫煙室の前をよく通りかかる、車椅子の女の子がいた。
人生のほとんどを病院で過ごしているような子で、からだは水ぶくれのように太り、腹の肉が腿まで覆い被さっていた。
誰かが声を掛けても、ロを尖らせて食ってかかり、どう見ても可愛げがあるとは思えなかった。
喫煙室での噂では、兄らしき人が来ることはあるが、他の家族は見たことがないという。
この女の子は、簡単な処世術を知らないでいる。
病院という狭い世界で愛されるには、たった二つの言葉が使えればいいのだ。
つまり、「ありがとう」と「うれしい」


病室は四人部屋だった。
その中に、木工品の製作、直売をしている社長さんがいた。
この人の見習い工時代からの工芸品の話は興味深かった。
かつて、国内旅行が北海道ブームだった頃、土産の定番といえば「木彫りの熊」だった。リアルな熊の造形と、口にくわえた鮭。当時はどこの家にもあった。我が家にもあった。

この社長さんは人格者だった。
奥さんは夫唱婦随を絵に描いたような温和しい人で、毎晩肝臓に効くと言われた健康食品(蜆の汁など)を持ってきた。
亭主がいないと何も出来ない、という頼りない感じだったが、ご主人はこの奥さんに対して、一度も声を荒げたことがなかった。
家のことをくどくどと相談する話も、辛抱強く聞いていた。
他の患者に対しても同様だった。自分の病気のことばかり一方的にしゃべる人に対し、遮ることなく相槌を打ってあげていた。

いつか、この人の工房を訪ね、お気に入りの工芸品を買おうと決めていた。

退院後も、通院の度にこの病室を訪ねていた。ついでに喫煙室でも一服して旧交を温めた。


ある日、いつものように病室を覗くと、ベッドが空になっていた。
賄いのおばさんに訪ねると
「地下から帰って行ったよ」
私がポカンとしていると、声をひそめて
「亡くなったということだよ」

それ以来、私が病棟を訪れることはなくなった。


……
……


ある、親戚でのお通夜のこと。
一番年嵩の伯父さんが短歌の本を読んでいた。

それは違う
と思った。

今、目の前で自分の人生におけるイベントが起きている。

泣く人、偲ぶ人、そして無駄にハシャぐ人。
身近な人の死を受けて、繰り広げられる人間模様。
その実在感に比べれば、本なんかに何ほどの意味が在るだろう。

本なんて、暇な時の添え物だ。
大切なのは、如何に生きている実感を感じるか。
つまり「自分が生ききる」か、ということだ。



サムネイル代わりとして、トルコ桔梗を一輪。
妻が母親の追悼として描いた絵──








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