Fagiale ~僕らの街には夢がある~ -26ページ目

たのしむ

昨年の地域決勝大会の前に「僕らの街には夢がある」の横断幕へメッセージを貰おうと歩いてまわった。

その中で、ファジアーノの事務局の方にもメッセージを書いてもらった。


その人は、「楽しんでプレーを!」と書いてくれた。

僕は、それを見たとき、思わず言葉の深みに唸った。

この人は、僕らよりファジアーノの選手たちのことを知っている。生活面など、言わば表にでてこないものたちを知っている。

クラブの人からすれば、結果こそ全てになりがちな大会であるかもしれない。

その中で、この人は書いた。

『楽しんでプレーを!』

様々な重みを背負う選手たちに伝えたかった言葉。

「楽しんで、後悔なく自分のサッカーをしてください。」


大変な思いをして忙しくクラブを支えている人だ。

昨年の大分では、体調を崩しながらもチームを支えていた。


僕は、この言葉を見た時に改めて思った。

クラブの人たちと喜びあいたいと。



また別の日、ある仲間に会いに職場まで行った。

その仲間が書いてくれたメッセージ。

『サッカー楽しんでますか?
全力で戦った先にあるものが「楽しかった」という思いでありますように。』

その仲間らしい言葉。


全てにおいて共通することかもしれないが、

『自分が楽しまなければ、長くは続かない。』


応援することが楽しいから、どんな時もどんな場所でも応援できる。

仲間と過ごす時間が楽しいから、どんな時もどんな場所でも共に歩むことができる。



特別なことなど必要はなく、自分が「楽しむこと」が大事なのではないかと思う。


あなたは楽しめてますか?

マイナスの影響は誰にでも及ぶ

不可能とは現状に甘んじる言い訳にしか過ぎない








以前、「うらじゃ」に参加している方の文章を読んだ時の話し。

そこには、こんな事が書かれていた。



『心と頭を費やせば費やすほど、嫌なことや悩みから逃げずに向かいあうほど、結果はそれに伴ってちゃんと表れる。
自分が、がんばっても○○には何もプラスの力も及ぼされへん。
そうじゃなくて、自分が適当な気持ちでいたなら、それは○○のマイナスになってしまう。マイナスの影響は誰にでも及ぼすことができて、だから、誰もが戦力外じゃないんです。』



彼女は、○○ではいつも後ろにいて良い部分ばかり味わわせてもらったと書いていた。

でも、「ごめん」じゃなく「ありがとう」と言いたいとも書いていた。

なぜなら、○○で踊る事で、わたしは、わたしでいることができたからと。

「最高のエンターティナーたちに楽しませてもらったのは、どこの岡山市民でもなく、わたしです!」
とも書かれていた。


すごい言葉だと思うし、考えさせられた言葉たち。




「マイナスの影響は誰にでも及ぶ」だから、戦力外ではない。




この考えは、そのとおりだと思う。


何かをするからだけが、仲間ではない。


例えば、誰かが悲しんだり悩んだり駄目だと思っていたら、それは周りに伝わる。それが仲間だと思う。


何かを投げ出したなら、それは周りに影響する。

上手く言えないが、力になるとか、私が力になれてるだろうかという悩みは必要なくて、笑顔で真剣に取り組んでいたら周りや上で引っ張ってる人間の力になっているんじゃないかて思う。

うらじゃを見に行った人間ならわかると思うけど、総おどりは、岡山に住んでいて心から誇りと思う瞬間だった。

そして、そこで輝きをみせて周りを巻き込んでいたのは○○だった。

きっと○○に限らず、あの場所で主役になってた人達は「誰かがやってくれる」って気持ちではなく、「自分に出来ることをやっていこう」って気持ちが強かったんだと思う。

色んな事が、本番まであったと思う。泣いたり、喧嘩したり、でも目標は1つだったんだろうと思う。

踊りだけでなく、他の行動も素晴らしいものがあった。


『祭りやうらじゃ踊りを創りあげていく』

進行役が言い続けていた言葉。

うらじゃには、警察があまりいなかったこと、若者が裏方が自主的に動いていたこと。

そこに感動を覚えた。

諸問題は、あったりするんだろうけど・・・・・。



岡山の誇り

おかやまだいすきー

って言葉が節々にでていて、凄く熱くこみあげてくるものがあった。

きっときっと今まで「だっせー、また桃太郎かよ」って思ってた人もいるだろうし、最初は興味すら持つ人間もいなかったと思う。

でも、今や「うらじゃ」は、この街を熱くする。

昨年夏、何か色んなものに重なりながら、踊り終え涙を流してる若者やおじさんやおばさんさんを見て燃えるものがあった。

そして、彼らや彼女らは見ている観客を「こちら側に」優しく引き込んでいた。


僕は、どこかでファジアーノで経験してきた事が重なっていた。

大きな気付きと出会いと成長

いつかじゃなくて



誰からじゃなくて自分がやらなきゃ

世界も自分も変わらない

小さなきっかけが

大きな気付きと

出会いと

成長を

あなたに与えてくれるかもしれない





あるキャッチコピー。


何かを踏み出す事は、勇気がいること。
誰でも、結果を想像し諦めてしまいそうになることがあると思う。

でも、振り返ってみると、何にしても、始めた事で得たものはあると思う。

例え、結果がよくなかったものだとしても、反省するような事になったとしても、それは始めた事でわかったことだと思う。

始めなければ、いつまでも空想であり、自分の頭の中だけで出たものでしかない。

それは、本当の答えではない。

何かをチャレンジした事で、色んなものを見たり、多くの人と出会う事になる。それだけでも、僕は素晴らしい事だと思う。


何もせず、時間が経ち「あの時しとけばよかった」と言ってる人がいたら、何を感じるだろう・・・・・・・・。

その人が、次にチャレンジすれば何かを得るかもしれない。

でも、あの時に出会うかもしれなかった人も、あの時に出た結果で反省することも一生できない。


もちろん、何かをやるには、一人で出来るものと出来ないものがある。

そんな時に、手をさしのべてくれたり、頼ったり出来る人がいるとしたら、それは何かを踏み出した結果で得た人との繋がりだと思う。


人は、小さなものも含めたら、色んなものを諦めたり、自分だけの頭で判断して結果をだしてしまっている。

間違いなく僕自身も、何度かそれはあった。

ファジアーノに出会う前までは。