Fagiale ~僕らの街には夢がある~ -19ページ目

RFK、FAGIANO、RKC…………


Jリーグ

過去、未来、みんなも連れていって下さい。

   有田 規子


「俺たちの夢!」の横断幕には、そう書かれたメッセージがあります。

RFK、ファジアーノ、RKCでマネージャーとしてチームを本当に裏方で支えてきた人。その人が、書いてくれたメッセージ。


このメッセージを見てから、ずっと考えているのですが、この言葉の意味は本当に深いと感じます。

2003年から2004年、RFK(リバーフリーキッカーズ)のマネージャーとして、新クラブ立ち上げに伴い現場でどれだけ苦労していたかを知っています。

その後も、私生活を削ってまで、このチームを支えていました。絶対に紙面やテレビでは、触れられなかった人。

この人がいたから、RFKからファジアーノへの流れが上手くいったと言っても過言ではないと僕は思っています。

そして、RKクラシック。
再びこの人は、現場で忙しく走り回っていました。


2007年チーム始動時に、この人はRKC立ち上げで忙しい中、ファジアーノの練習に参加していました。まだまだプロ化に向けてバタバタしている時期に、玉島の森で裏方で動かれていました。

その姿に熱く込み上げてくる思いがあったことを覚えています。

そんな有田さんが書いた言葉。




過去……

未来……

みんなを




たぶん、有田さんが言いたかったのは、ファジアーノに所属していた選手たちだけを「過去」と言っているのではないと思います。

「未来」も同じく子どもたちのことだけを言っているのではないと思います。


俺たちの夢……


連れていこうJへ。

俺の誇

おれの誇


RKCの田渕健(2006年迄在籍)は、『俺たちの夢!』という横断幕にそう書いてくれました。

作陽高校卒業後、大学でサッカーを続けるも、冷遇され殆んどサッカーを楽しめずにいた彼。

「引退試合すら出られなかった。もう2度とサッカーはしないって決めた。」と彼は大学サッカー時代を振り返っていました。

そんな彼に、藤井一昌(2006年迄在籍)からあった一本の電話。



「なぁ田渕、ファジアーノで一緒にサッカーやらないか?」



黎明期のファジアーノを支えた2人の絆。
間違いなく、そんな2人の絆はクラブを優しく強くしました。


2006年末に東京Vから重光がきても、怪我をしても、誰よりも早く来て練習準備し腐らずにいた彼の魂は、しっかりとエンブレムに刻まれています。

現在、彼はRKCでサッカーを楽しんでます。


言い訳を言ったところで、何も変わらない現実。

全ての現実が人の財産になるということを、RKCの田渕のサッカーを見ていると感じ取れます。



ファジアーノには沢山の人生と多くの人の誇りがあります。

それが、どんな時も諦めないクラブにしているのではないでしょうか。

ファジアーノは、私達の「誇り」を呼び覚ましてくれてるように思えます。


田渕の誇りを更に輝かせよう。

我々は挑戦者

ファジアーノ岡山と三菱自動車水島FCが公式戦で戦ったことが、過去1度だけある。



2005.8.14

天皇杯岡山県代表決定戦

ファジアーノ岡山 0-3 三菱自動車水島





現時点では、ファジアーノのほうがJFLでの順位は上である。

しかし、過去の実績を見ると、決してファジアーノのほうが強いわけではない。

三菱自動車水島FCは、天皇杯岡山県代表として9度輝いている。ここ最近では4年連続、岡山県の王座を守り続けている。

一方、ファジアーノは、1度も岡山県代表の座についたことがない。


この事からも、我々は挑戦者であることがわかる。


そんな中、三菱自動車水島FCのキャプテン山下聡也は「自分たちはチャレンジャーの気持ちで挑みたい。」と話す。彼らは、常に厳しい環境でサッカーを続け、JFLの強豪に挑み続けた。
それだけに、挑戦者の強さを知っている。

そのチャレンジャー精神を、我々は要注意しなければならないのかもしれない。