私は、記憶力が弱い。

計算も遅い。

 

漢字も知らないし

知識にも乏しい

 

多分、それらは

後天的に身につけられるもので

 

どれも、誰もが

ある程度手に入れられるもの。

 

なのに

私はどれも持っていない。

 

 

今にして思えば

ちょっと欲しい気もするが

 

今から手にしようと

消費するエネルギーが

 

釣り合わない様にも思う。

 

 

それに

それらによって

得られる

 

答えには

 

もはやあまり興味がない。

 

 

「欲しかったもの」

 

 

今は私の中に見つけた

発想する意思だけで

 

充分。

 

 

多分・・・そういう事。

  

 



ひとつずつ

飛躍する発想を

 

地上に留めていた

オモリを

 

取り外していく・・・

 

 

生きる事に

意味が在るとしたら

 

何もわからない事を

証明し続ける事だろう・・・

 

思考する生き物が

いる限り

 

際限なく生まれる

疑問。

 

 

そのふわふわしたものを

論理の圧力で

 

ガチっと固めて1にする。

 

「それは在る」

 

そう言いたいが為に・・・

 

1をたくさん並べると

また、その間に0が見つかる

 

「それは無い」

 

という発見・・・

 

1と0はずっとずっと

どこまでも

 

思考を続ける限り

拡がり続ける

 

 

私たちが宇宙と呼んでいるそれも

ひょっとしたら

 

私たちとは違う意思が

考え抜いた

 

1と0なのかもしれない・・・。

 

それは

 

答えようとするなら

 

 

 

多分・・・そういう事。




器という概念が

1を強要してくる

 

幾つもの精神をもてたとしても

幾つもの肉体を持つことは

 

叶わない。

 

いや・・・

 

叶わないというよりは

意味を成さない

 

それは本質ではない。

 

 

この世界に

何が起ころうとも

 

私の意思は

干渉される事は無い。

 

私の意思は

私の思考によってのみ


干渉を受け

 

それ以外の方法によって

変化をすることは無い 


 

それに比べて

我が肉体の

 

なんと脆弱な事か・・・

 

重力を感じ

時間を感じ

距離を感じ


1に縛り付ける

卑しき鎖。

 

この肉体がなくなって

この意思が存在できない・・・と

 

誰が証明できただろう

 

 

多分・・・そういう事。