「強直性脊椎炎」は、原因も治療法もはっきりしていません。原因不明のリウマチ性疾患で、手足の大きな関節や脊椎で起きた炎症部分が骨化し、長い時間をかけて次第に体が1本の棒のようになる難病です。本当に動けないほど体が痛くなるのに次の日にはケロッとしていたりします。その為、周りの理解を得るのも難しく、別名「怠け病」とも呼ばれています。
私は強直性脊椎炎だと診断されてから目の前が真っ暗になりました。普通の生活をしていても病気は進行していくのに、バレーを続けるなんて自ら炎症をを起こして骨化を進めているようなものだし、バレー人生これで終わりだと、やけくそになり練習着やシューズなどバレーを辞める覚悟で全て捨てました。そして自分が難病だと認められないことや、あまりのショックから家に引きこもるようになりました。
ある日の深夜気付いたら、来たことのない駅のショッピングモールとを繋ぐ連絡通路から飛び降りようとしている自分がいました。歩いて駅まで行き、電車に乗って、この駅で降りた記憶はあります。ですが、なぜ家を出て、なぜこの電車に乗って、なぜこの駅で降りたのか、その意識やその時の感情というのは全くありませんでした。不思議な感覚です。たまたまあの深夜の時間帯に同じ駅で降りた男性の方に呼び止められて私は我に返りました。
私は、監督に引退することを報告しに行きました。すると監督に病院まで連れていかれ、自分が現役を続けるためにはどういう環境を整える必要があるのか細かく医師と話し合うことになりました。原因不明、治療方法もない難病のため医師に、あなたの後悔のないように生きなさい、と伝えられ全ての条件を整えるということで現役を続けることとなりました。
難病になり、最悪の人生だと思っていました。ですが、私の激動の人生のまだほんの一部でしかありませんでした。
つづく
生きるための選択というのは、生死に限ったことじゃなくて、目の前の選択一つ一つが生きるための選択なんだと思いました。