人間が”受け入れる”までに5つのプロセスを踏むとよく言われていると思います。
第一段階は「否認」、どうして私が、そんなはずじゃない。
第二段階は「怒り」、あの時にもっとあぁしていれば。
第三段階は「取引」、神様なんとかお願いします。
第四段階は「抑うつ」、もう本当にどうしようもないんだ。
第五段階は「受容」、今の自分と向き合うことを決意。
私も、強直性脊椎炎と診断されてからまさにこの段階を踏みながら前に進もうとしていました。その三、四段階目の時期に家まで電車で帰宅している途中急に目の前が真っ暗になって電車の中で気を失ってしまいました。気付いたら電車の赤いランプが点灯していて駅のホームに運び出されていました。その時は、軽い失神ということでした。それからまた何日かして電車に乗った時、急に前回倒れた時の記憶が蘇って、また倒れてしまったらどうしよう、と気持ちが焦り始めました。と同時に大量の汗がふき出してきて胸が苦しくなり気付くとまた気を失っていました。また違う日には大勢の人の中に囲まれたときなどに気を失ってしまうこともありました。
急に難病と診断され、精神的にも参っていたということもあり、通院していたリハビリのPTさんから精神科に一度かかってみるように勧められました。そこで言われたのは、うつ病の手前で軽いパニック障害という結果でした。その診断結果に関しては、落ち込むというよりも、自分が精神的な病気なんてそれは絶対にない、そんな感覚でした。
それから処方された薬を飲んでいましたが、それでもたまに起こる胸の苦しさと失神がなくなることはありませんでした。そこで、強直性脊椎炎の治療で、がん治療の100分の1の量の抗がん剤を使用していたのですが、その治療を止めてみることにしました。それでも突然くる胸の苦しさが治まらず、一度循環器科で診てもらうことに。
2015年11月8日 「大動脈弁閉鎖不全症」
開いた口が塞がりませんでした。受け入れるまでの第四段階を踏もうとしていた時の弁膜症の発覚。強直性脊椎炎の合併症だということで、しょうがないと言われればそれまでですが、強直性脊椎炎の患者すら多くはない中、さらに確率の少ない合併症まで引き起こし、二度目のどん底へと突き落とされた気分でした。
ここからまた更に、辛く耐えがたい検査や治療の日々の始まりです。
つづく