いったいあの日に何が起きていたのか。
頭の中でいろいろな事が巡った。。。
F1デビュー以来初めてとなった開幕2戦連続ノーポイントとなったシーズンだったこと。
フェラーリのジャン・アレジがクラッシュして欠場したこと。
ルーベンス・バリチェロのクラッシュのこと。
タンブレロコーナーの路面改修を強く要望していたこと。
土曜日の午後、ラッツェン・バーガーのアクシデントに激しく動揺していたこと。
モナコで発生したベンドリンガーのクラッシュのこと。
またこのデザイナーの現在におけるF1マシンデザインコンセプトのことなど。
そしてアイルトン・セナが懸念していたことは、これらのことに共通しているのではないかと感じた時、点でばらまかれていたものが線となって繋がりはじめた。
バラバラに撒かれたピースがひとつの形を作りはじめたのだ。
おそらくこの事を物的証拠で証明することはできない。
しかし、当時の記録や出来事を整理していくことで限りなく真実に近づくことは出来るだろう。
私はこの真実の結末を理解したとき、涙が止まらなかった。
そしてアイルトン・セナのアクシデントの後、しばらくF1から離れていたことも後悔した。
あの日の勝負の行方を、そして続きを知った時、以前にもましてアイルトン・セナに感謝した。
そしてこの真実はアイルトン・セナを愛した人達全員が知るべきであると思えた。
元F1ホンダチームの監督である桜井監督は
「アイルトン・セナはあの日すべてを受け入れて走った。その事を暴く事に何の意味があるだろう。」
と言っていた。
しかし、私には意味があると思える。
何故なら、あの日の系譜はいまでも受け継がれていることを理解したからだ。
私のすべきことは、皆が納得できるように、今日に至るまでのあいだ言われてきたことを明確にして多くの人に限りなく近づいた真実を理解してもらうことなのだと考えていた。