年賀状の季節になると思い出す投書記事がある。

もう、10年位前に宮日に掲載された記事だ。


内容はこうだ。ある夫婦が学生だった甥を下宿させた。

奥さんが甥の世話を一生懸命したのだそうだ。

甥は学校を無事に卒業し、就職もし、下宿を離れた。


その年の年賀状の宛名に主人の名前しか書いてなかった。

裏書には大変お世話になったことは書いてあったそうだ。


奥さんが言うには「私が面倒を見たのに

宛先に主人の名前しかない。なぜ私の名前も書いてくれなかったのだ。

もう、これからは絶対に面倒を見ないから……」という内容だった。


このようなことは私自身にも経験がある。

反面、こうも考える。

「……してやったのに」とか「……するはずだったのに」に使われる

「……のに」の言葉を使わないようにする人間修業も必要だと思う。

自分の生き方までを考える年賀状の季節である。





宮崎の自然人ブログ
        店の前の海
宮崎の自然人ブログ
      川南漁港近くの店「あおしま丸」


少し時間に余裕が出来たのでドライブを計画した。

西米良方面を回ってこようかと家を出た。

西都のじいちゃんの所に寄って誘ってみたが、

答えはno。


いつもの癖で二人になるとすぐに行き先変更する。

海を眺めて、昼飯でも食べて帰ろうと言う事になった。

それで「あおしま丸」での昼食となった。


家内は孫たちときたいなあ~と言う。

俺とでは満足せぬのかと思うが仕方ない。


久し振りに兄家族が我が家に来てくれた。

兄、義姉、甥、甥の娘(中学3年)である。

久し振りでもあったし、夕刻でもあったので

我が家が見つからず、途中で電話をくれた。

家内がすぐに迎えに行ってくれた。


兄は小さい頃からおとなしい性格で私とは正反対だった。

そのようなことで、私は兄をないがしろにしていたのだろう。

小学低学年の頃、余程立腹したのだろうか、兄が私を叩きはじめた。


両親もそれを見ていたが止めることはしなかった。

たぶん弟が兄をないがしろにしていることを心配していたのだろう。

心を鬼にして兄のすることを見ていたのだと思う。


それ以来、兄とケンカすることは一度もなかった。

兄は今でもおとなしい。昨夜も酒を静かに飲んでいたし、

人のしゃべるのを静かに聞いていた。


近頃の兄を見ていると親父に似てきたなあ~と思う。

私は親父から叱られた記憶が全くない。いつも寡黙だった。

まして、親父が他人の悪口を言ったのを聞いた覚えもない。


その分、母親が私たちの躾をしてくれた。

母親は私に「天に唾するような事だけはするなよ。いつかは

自分に返って来るぞ」とか「先祖様に恥をかかせるようなことだけはするな」

とか言っていた。


兄家族の来宅で、久し振りに今は亡き両親を思い出した。

まだまだ両親の域まで自分はなっていないが、目標とする

両親がいるだけで幸せな事だと思う