霧島山鹿児島に住む息子家族のところに行って来た。用件はiPad miniの購入だ。今迄はiPodを使っていたが、字が小さく見えにくくなっていた。今日のブログはそのiPad miniからの初投稿だ。写真もiPadで撮ったものだ。とにかく、歳をとると見えにくくなり不便になる。さて、写真の霧島連山は天孫降臨の山である。高千穂の峰にニニギの尊が降臨された。ここからが、日向神話の始まりである。話しは変わるが、宮本武蔵の宗教観は「我、神仏を尊びて、神仏を頼らず」だ。霧島ドライブインから撮影
十五夜お月さん野口雨情作詞、本居長世作曲「十五夜お月さん」1、十五夜お月さん ご機嫌さん 婆やは お暇(いとま)とりました2、十五夜お月さん 妹は 田舎へ 貰(も)られてゆきました 3、十五夜お月さん 母(かか)さんに も一度 わたしは逢いたいな大正9年に発表されました。十五夜お月さんを観る人達の心は様々でしょう。若しかしたら、悲しい、悔しい思いで見ている人達が多いのかもしれません。昨夜、何時もの所に家内と月見に行きました。心中は分かりませんが、近くで女性がひとり祈るような姿で月を見ておられました。ただ、月は「観る人の 心ごころに任せおき高嶺に澄める 秋の夜の月」の心境でしょう。iPhoneからの投稿
秋近し近所の家の庭に柿の木がある。今年は実がたくさん付いている。赤く熟れた柿はもう、食べても良さそうだ。私が小さいころ、即ち終戦後になるが、柿や桃は大切な食料だった。腐って落ちた物まで食べていた。食べ物も無く、もちろんお金もない時代だったが、心には未来があったような気がする。現代の日本は食べ物は豊富にあり、お金もあるが心の満足感が無い。言葉に「知・足・心」(ち・そく・しん)とあるが、即ち、足(た)るを知る心が時には必要である。今を満足する心を一日の中の一瞬でも持てば明日への活力源となるだろう。正岡子規の俳句に「柿食えば鐘がなるなり法隆寺」がある。iPhoneからの投稿