つめたい炭酸に真昼の月光を沈めて混ぜれば、特製スカッシュのできあがり。初めて二人きりで会ったのは月が綺麗な日だった。あなたはまっすぐ私を見ていて、私は恥ずかしくてはちみつケーキばかり見つめていた。 

 心臓がパチパチ弾けてやまないのは炭酸のしわざ。苦いのがニガテなあなたのグラス、あの日積み上げたガムシロップゆっくり溶かして。どこにも属さない気持ちが透明できらきら。


 満月みたいな常夜灯の下で聴いた。あなたの声、理由を聞かないさざなみのような美しい声。右見て左見て右、を克服した少年の強さは噴水の水飛沫の法則と似ている。いつか聴けなくなってしまうならって、三半規管の迷路に閉じ込めて。

 イヤホン外したあと、小さな耳鳴りを真剣に聴きながらぼーっとしてた。ワイ、世界のすべてを知ってるがなんか質問ある? ちなペンギンが白黒なのは、人間の目のセンサーが三原色なのに対しペンギンは四原色だから、本当は白黒じゃなくて人間が識別できてないだけンゴよ。照れちゃって早口の私に微笑むあなたはきっとペンギンの本当の色を知ってる。一周遅れの黒い目はまだなんにも見抜けないんだ。

 ほんとは知ってること以外なにも知らない。憂鬱の紺色カーテンに包まれた小さな世界、たった二十数年の歴史。溢れた気持ちはまだまだ結晶化の途中。ベランダのアロエかじって苦くて泣いたこと、鍵を忘れて玄関に座りながら見ていた夕焼け雲、お父さんの肩車で摘んだ小さなみかん、そしてあなたの健やかな背すじ。にじみ出たすべての記憶が集まって固まる。遠くの日できらきら輝く五十八面体は、いのちを大切に削った証。


 優しさは強さだ。生きてるのかも分からなかった私に紙ヒコーキ飛ばしてくれたあなた。大切にしたいから困らせたくない。でも、困らせたくない気持ちがかえってあなたを困らせてたらどうしよう。って、ひとりで育てた心の芽が今日も不安げに萌える。あれから何年経つんだろう。肥料をあげすぎて腐ってしまったあの夏のアサガオを弔い続けている。なにかを大切にすることは難しいよ。大切にするだけじゃきっと守れなくって。

 あなたと出会えて嬉しい。だから、私と出会ったことであなたの形が変わるが怖い。こんなに幸せなのって今までなかった。だからどこかであなたが無理してるんじゃないかっていつも不安だった。綺麗な飴細工みたいな人。私の熱心な空想癖であなたのこと何度も溶かし直して、私の想像と限りなく近いあなたになるまで伸ばしたり切ったり、都合よく形を変えてしまってるんじゃないの。小さなお皿に手を添えるあなたのほんのり甘い笑顔。その仕組みごと守りたい。たとえ偽物だったとしても素敵だって思う。あなたが苦しくないのなら。


 あなたが隠そうとするものほど愛しかったりするよ。夏の終わりの風がさらっていった帽子の下には、内緒で飼ってる天使、それともピストル。あなたが人を殺したなら、私はどんな理由があっても怒る。殺人はいけないって決まりがあるから。しちゃいけないことはしちゃだめ。だってしちゃいけないから。って子どもかな、それとも。

 「1+1=2、そう決まってるから」って先生に習って、そのときどう思ったんだっけ。でもだって、しちゃいけないからだめだよ。だめだもん。だめったらだめ! ピピーッと笛を吹いて国じゅうのパトカーであなたを連行する。私があなたをどれだけ大切に思っていても、否定しなきゃいけなくなる。だからしないで。警官帽を被ってるうちはそんなこと言えないでいて、涙ぐんでぼやけた視界のまま署まで。

 すべて受け止めるって難しくて、でもすごく簡単だと思う。一緒に死体を埋めたり証拠隠滅のお手伝いすること、愛だなんて無責任に思い込んだりしないよ。


 あなたが人を殺してまで大切にしたいものってなんだろう。番号となったあなたに私のお手紙が届くまで、1週間から10日。あなたのやさしさが時差となる。なんだか別の星にいるみたいだよ。次のお返事を書き終えたあなたがボールペン落としたとき、ようやく重さを思い出すんだ。

 寒空の日差しの下、あなたがまた無邪気に駆けて降りてくる気がして、世界中の階段でぼーっと待ってるよ。体感時間は5億年。悪いことしたって、あなたは大切な友達なんだ。大切ったら大切、友達ったら友達! うわーん!! と泣きじゃくる背中に吹く北風、やさしく警官帽をさらっていって。


 私はあなたのこと歌にはできない。説明書逆さに読んでるみたいに不可思議だった。いそいそとチューニング緩めてケースに直して恥ずかしい顔で布団に潜って。

 歌にはできない、だからこうやって残す。何千もの単語が高速で流れるやかましい脳内、かすかにレモンの匂いがするものたちを掬いあげる。トパーズ色が弾けてやがて言葉になるよ。紺色のカーテンに包まれた小さな宇宙、星がひとつ爆ぜてまた新しい気持ちが生まれる。