先日こんな記事を見た。
「世界携帯端末市場調査によると、スマートフォンの出荷台数が、初めて携帯電話(いわゆるフィーチャーフォン)の出荷台数を上回った」とのこと。(因みに国内では既に携帯電話に対するスマートフォンの出荷比率は70.5%さらに上昇傾向にあるらしい)
但し、これは出荷台数であり保有率で見るとスマートフォンは29.3%、タブレット端末が8.5%(参考までにパソコン保有率は77.4%とかなりの下降傾向にあるらしい。つまり情報通信機器が全体的に飽和状態にあると言えるのではないだろうか?)
私はいつも「利便化」にワンテンポ乗り遅れるタイプだ。一太郎やワードが普及してワープロがもはやただの廃棄ゴミに成り果てる寸前まで、ワープロ専用機を使っていた。富士通「オアシス」で親指シフトとか言う独自のキーボードがあり、入力が人よりやたらと早かったことを自慢にしていたことを覚えている。しかしその後にJIS規格のキーボードに直すのが一苦労であった。
PHSから携帯へと機種替えしたのも周囲の中では一番最後だったと記憶している。頭がアナログというのと、附帯するいわゆる“サービス”にあまり興味がないというのが大きな理由だろう。
さて、今使っているのは、もちろんガラケー&スマケー(スマートフォンと携帯の両機能を持つ)の2台。
ガラケーは日本列島のみで通用する日本独自の機能を持つ携帯電話をイグアナ等生態系が独自の進化を遂げるガラパゴス諸島になぞらえて、ついたあだ名=ガラパゴス携帯の略である。(決してガラクタ携帯の略ではない)
今は世界共通のアプリケーションを搭載するスマートフォン=略してスマホがもちろん主流である。それに伴って、スマホだけのサービス(もちろんガラケーではそのサービスは受けられない)が世間に増えてきた。スマホ間での無料通話やメールなども可能ということで、家族や友人からも「早くスマホにしなよ」と言われ、前述のガラケーへの心残りもありスマケーなる全くもって分類があやふやなものを買ってしまった。
ただ、私は家でパソコンに向かってものを書く時間が圧倒的に多い。外出の際の打ち合わせや会議では、リラックスモードが殆どである。(カッコよく言えば「意識と思考の集中」を行いたいためだ)
仕事の外出では電話とメール機能が最低限あれば良い。オフの日には携帯よりも昔の哲学青年の様に本を片手に出かけたい。従って、スマホにする必要性がほとんどないように思える。今持っている携帯電話(スマケー)も通話とメール以外はほとんど使わないので、ゲームや情報サービスは余り加入していない。誰から見ても、ひたすらSimple is the best である。
しかし例えば、とあるショップで会員登録が出来なかったり情報が届かなかったり…ということも勃発するのだけれど、そのサービスを請けられなかったために得しそこねた金額と、そもそもそのサービスを受けるために契約しなければならない料金を考えてみると、どうもあんまり得ではない感じがする。
スマホに変えると、それがより顕著化されて、肝心の電話はしにくいし基本料金も高くなる。でも種々のサービスは余り必要がないのでその分が無駄のようにも思える。電話は今のガラケーもしくは、もう一つ前のPHSでシンプルに。情報の持ち歩きにはタブレット。という選択肢もあるらしいので、現在情報を収集しながら検討中である。
いずれにしても、交差点、歩行中、電車の中、自動車の中、会議中、仕事中、時には両手放しの自転車と言う強者もいる、どこに行ってもみんなスマホやタブレットなどををスクロールしている。見ていて何だかものすごく気持ち悪い。他の国でもこうなのか? 日本人が全員スマホに操られているみたいで、不便とわかっていても、何だか抵抗していたいという気もするのである。






