元祖「三本の矢」の教えは何故強いのか? | ~ ロバート・フジタの一筆コラム~

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安倍内閣が緊急経済対策「三本の矢」で、「世界一企業が活動しやすい国づくり」をめざすことを閣議決定したそうである。



 


三本の矢」とは「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」の小難しい三本の矢らしいが、簡単に表現すれば「2%の物価上昇」「大型公共事業の推進」「大企業減税」を指している。


「大胆な金融政策」とは、デフレ脱却のために、日本銀行に圧力をかけて2%の物価上昇率を設定させて、金融緩和を推し進めることである「機動的な財政政策」とは、大災害の教訓として「国土強靭化推進」を掲げてはいるのだが、その中身は「国際競争力強化に資するインフラ整備」ということで不要不急の大型公共工事を中心とした公共事業を大がかりに進めるということであり、雇用や所得に持続的に反映しなければ借金だけが膨れ上がりさらに財政が悪化することになることぐらい素人でも理解できること。



更に「民間投資を喚起する成長戦略」とは、大企業向けの減税策が「成長戦略」の柱となっていて、60万人の雇用をうたい文句にしているようだが、大リストラ・首切りをいとも簡単に行う大企業を政治的に規制することなしでは、60万人の雇用なんかは絵に描いた餅である。


まぁ~難しい政治論議はここまでとして、「三本の矢」と言えばやはり毛利元就を思い出さない方はいない筈であろう。



 

毛利元就は、三人の息子の前で「一本の矢はこのようにたやすく折れてしまうが、三本の矢を束ねると、たやすく折る事など出来ない」とデモンストレーションをした。そして父・元就はこう言い放った。「もしお前達兄弟が、協力することをしなかったならば、毛利家は簡単に倒れるであろう。しかしこの三本の矢のように、兄弟三人が力を合わせれば、毛利家が倒れる事はない!」と。


幼い子供たちにとってこの日の出来事は人生に大きな影響を与えたに違いない。父・元就の話を聞いた息子たちの名は長男・毛利隆元。彼は後になって輝元を生むが、その輝元が長州藩の藩祖となる。次男は吉川元春。恐るべき猛将で、父・元就も「戦さでは私も元春に及ばない」と彼の武勇を称えた。三男は小早川隆景。もっとも父によく似ていたとされる。温厚でありながら知略に長け、政治手腕は秀吉にも高く評価された傑物である。



 



三兄弟の結束が後の長州藩の誕生と発展につながり、それが幕末の薩長同盟から明治維新につながり、ひいては今日の自民党・安倍政権(安倍総理も旧・長州藩の山口県出身)につながっていくわけだから、三本の矢の教えは強し。



昔、数学で「三本足の椅子はガタつかないが、四本足の椅子はガタつく。その理由を説明せよ」というのがあったような気がする。当時も今も私には正確な説明はできないが、皮膚感覚で何となく理解できる。幾何学においても四本足ではなく三本足でなければダメなのらしい。


 

そこでひとつの仮説として、事業経営も三本柱が最強なのかもしれないと考えてみた。四本柱、五本柱・・と事業の柱を増やしたくなるのは分かるが、椅子の足でも多くなるとガタつくわけだから、中小企業が何本もの事業を抱えていてはうまくいくわけがない。




 

柱を増やす前に柱をもっと太くしよう。柱が細ってきたら新しいのを追加するのでなく、新しいのに差し替えよう。あくまで MAX三本でいく。


 

ひょっとしたら、毛利元就はそうしたことも踏まえた上での ”三本の矢の教え” だったのかもしれない。


安倍総理にはくれぐれもその三本の矢的外れにならぬことを祈るだけである。


 




今日はこの辺りでお別れしよう。