紅狩人のブログ -7ページ目

6dimension

抽象的認知次元と具体的認知次元は

プログラムソフトウェアとデータの関係に似てます

抽象的認知次元はプログラミングによって

システムとして機能し

具体的認知された波動や原子や分子や構造やシステムを扱います

wndows3.1が3次元抽象的認知だとしたら

windows95は4次元的抽象的認知だというような感じです

実際に微分積分のように時空に置ける要素や現象を点

としてみるのが3次元的抽象的認知であって

相対性理論のように時空における時間軸の過去未来を捉えて線

としてみるのが4次元的抽象的認知のように

 

例えば玄武岩をシステムとして扱うには無理があるかとは思いますが

肝臓をシステムとして扱うには十分だと思います

抽象的認知として点として捉え

他の臓器との関係(相対的という4次元的)や

人体全体における肝臓の役割(全体の中の部分という5次元的)や

成長や性やホメオスタシスにおけるそれぞれやそれ自体の

モードによる働き方の違い(フィードバックループの入れ子という

6次元的)ではなくとりあえず3次元的に

肝臓の波動を扱うとしたら原子やシステムを通して

波動を操作するか

原子を扱うとしたら波動や分子を通して原子を操作するか

分子を扱うとしたら原子や構造(媒体を通した熱力や圧力など)を

通して分子を操作するか

構造を扱うとしたら分子(組み合わせ)やシステム(目的や機能)を

通して構造を操作するか

システムを扱うとしたら構造や波動を通してシステムを操作するか

そして4次元認知的に肝臓を扱うなら

波動は時間軸を持って条件により状態遷移し

他の臓器レベルや細胞レベルのそれぞれの線形の交わるタイミング

に対してのシステムや原子を通した操作

原子は肝臓の質量とそのエネルギーに対しての

波動や分子を通した操作

分子は反応においてのプラントのようなものに対する

原子や構造を通した操作

構造は時間と空間の分離においての肝臓の時間と

他の臓器のバラバラな時間軸に対しての分子やシステムを通した操作

システムは構造(フローチャート)や波動を通した操作

つまり過去や未来の設定にアプローチができる

もしくは解釈を変えて過去や未来の線形のベクトルをずらせる

時間軸では直線の線に含まれる点を変数として扱うかんじ

続いて5次元認知的に肝臓を扱うなら

フラクタルな全体と部分における

肝臓の中の部分的な

波動という振動数に対するシステム(メタシステムや一部の関数)

や原子を通した操作や(がん細胞の振動数)

原子や分子や構造は4次元と変わり映えしませんが

原子や分子や構造に相当する抽象度によった

4次元的操作です

例えば原子のような鉄原子のような

分子のような水分子のような

あるネットワーク構造パターンのような

ものを操作できるのです

肝臓を5次元によるシステムとして扱うのなら

肝臓自体をシステムとして捉えた肝臓のメタ視によって

肝臓に対する環境やその環境をフラクタルとした社会活動や

時間軸における過去や未来の肝臓についての環境を分析とした

アプローチや解釈の変更

(脳が大腸の副産物という腸脳理論はここからきてる)

面に線や点がそれ自体変数として含まれてる感じ

逆に扱う波動や原子や分子や構造やシステムに

時間軸という状態遷移や歴史やビジョンがなければ

3次元的にシステムを扱ってるということ

6次元的に肝臓を扱うということは

フィードバックの入れ子として扱うということです

つまりDNAや生態系の一部としてです

しかも全体としての中で考え歴史やビジョンも踏まえ

点在する現象や要素が最終的に回収されるという

統合へのベクトルへの伏線や本命のフィードバックです

 

情報が溢れる現代で起きがちなのは

4次元や5次元や6次元を3次元で認知して扱うと言ったものです

他にもエゴで博愛を扱ったり

つまり時間軸はあっても大事な因果を切り取って

原因を派生から語る前提で議論したり

社会を分析するときにありがちな不都合な歴史を隠すといった

宇宙史や人類史に立つと責任を負わなければならない問題を

自分や自分たちの都合で事実を

なかったかのように扱う人たちが多いです

事実が大事なんじゃなくて正義が大事と言った人たちです

ややこしいのは一方の事実はなかったかのようにして

ある政治的思惑に適った事実だけを正義と信じて扱ったり

嘘でもメンツやお金が絡むと嘘と認められない人たちです

これらは人類の問題を扱ってるように見えて

自分たちのエゴを満たすのが目的です

つまり博愛でもなければ人類愛からでもないです

情報があれば低次元の人間でも高次元の情報を言葉として扱えますが

認知してる次元そのものが違います

私ほど認知の次元の違いをはっきり言える人はいないので

そういう次元の議論を聞いたことのある人はまずいないでしょう

と言っても変われないのが地球人の知能の限界

理解できたとしても変われないのです

それが地球人

〜追記〜

愛の意味をメリットと部分解釈すれば

メリットが自分だけや自分たちだけという点な3次元的愛

自分と相手だけ(同盟や友情)の未来に向けた

メリットというのが4次元的愛

全体や人類や地球を含み動物などのの未来を含めた

メリットが5次元的愛

星や銀河系の生き物や人類種全体に含まれる過去からの

学びから未来のメリットに活かすことが6次元的愛

正義や悪や合法や違法な度について話をしてる訳ではありません

被害者に対する問題解決と受益者に対する価値の創造でについてす

たまに主体者にとっての問題を解決するために

相手が問題だとしたり人類にとっての問題とする猿知恵を

国際舞台やマスコミなどのコンテンツで見受けられますが

主体者自身に元々のその問題を解決する力がないため

派生された問題であって問題の本質は主体者の問題解決能力です

主体者もまた被害者である場合があって

4次元的時間軸や5次元的メタ認知がないと解決できない場合は

いつまでもその問題を繰り返し

やがて未来の問題となり全体の問題となって

未来がなくなり種が滅ぶのです

ま、これがわかる政治家がいたら今の世界になってないですし

テレビで扱う政治や経済や国際問題の批判相手も

まるで違っているはずなんですけどね

dimension

抽象認知次元とは時空の要素の捉え方

つまり具体的認知次元である

波動、原子、分子、構造、システムという具体的認知は

ウロボロスのようになっており

それぞれ両隣によって操作可能です

(システムの隣は構造と波動です)

そして抽象的認知次元は

3次元的には点、4次元的には線、5次元的には面

6次元的にはフィードバックとなっており

それぞれの抽象的認知された具体的認知次元があります

つまり波動や原子や分子や構造やシステムを

解像度によって点とみたり

波動や原子や分子や構造やシステムを

時系列で追って状態遷移の点を繋いだ線としてみたり

波動や原子や分子や構造やシステムを

点や点を繋いだ線を内包可能な

フラクタルな全体とそれに含まれる部分として

メタ認知して面(集合)でみたり

波動や原子や分子や構造やシステムを

点や点を繋いだ線を含む集合の

フィードバックループやフィードフォワードなどによる

目的へのベクトルの強化や前進と見たりできます

 

よくテレビで脳科学者が言ってるメタ認知は

どこに含まれてる部分を見てるかよく分からず

自分を客観視するにしても

変数や定数を都合よく見せたり見せなかったり

データの傾向により極論を述べてそれを結論として扱います

例えば創造性について

制限が想像力を生むと結論しておきながら

クオリアの解明に制約なくいろんなアプローチを試したり

創造において当然語られるべき主体性は

なぜかうんこ味のカレーとカレー味のうんこを

選ばせるような実験したり

このことから分かる通り

テーマから関連づけられるべき知見を関連せず

語られるべき部分の要素に対する全体も状況も無視し

分裂した知見を引き出しては反芻するだけです

脳科学者に限った話でなく

歴史学者も経済学者も分裂された知見を

まとめただけで体系立てられてると勘違いして

政治家や省庁に関してはただの宗教活動です

計算してるだけで誰も考えてません

問題なのは東大はじめ

マスコミも大企業も省庁も

仕事に満足するようではなく

立場に溺れて仕事ができない集団になってることです

国民を馬鹿にしてるマスコミが

国民に貢献できるような仕事ができずに

社会の進歩を逆に止めてるお馬鹿な状況に

洞窟の隠喩も知らない東大生が

その才能に溢れる仕事による結果が

失われた30年とはさすが東大です

自分が馬鹿だから国民が馬鹿に見えてるだけなのは

おそらく一生気付かずにこの世を去ることになるでしょう

 

class

私の話してる次元とは扱える問題の次元の話です

抽象的認知次元とは

抽象的に捉えられる認知の限界の段階的次元です

具体的認知次元とは

具体的に扱えるテクノロジーによって

操作可能な段階的な認知対象です

具体的な認知次元は

波動(量子力学)(ひも理論)

原子(物理学、化学)(相対性理論)

分子(化学)(幾何学)

構造(力学(ハード)、政治学(ソフト))(代数学)

システム(システム科学(ソフト、ハード))(集合、解析学、情報数学)

 

上記のように世界が分かれてるんじゃなくて

認知できるだけです

人一人は個体で見れば人体におけるシステムですが

家族で見ると分子的な存在で

学校のクラスや職場の一員と見ると構造の一つのパーツです

世界の一員と見れば波動的な振る舞いですし

これらは抽象度や解像度などと言われ

人一人ではなく細胞一つをとってみるとまた違った解像度です

要は解像度とはフォーカスしてるフレームワークの次元であり

具体的認知次元とはフレームワーク自体でアプローチは変幻自在です

つまり大事なのは問題の抽象的な認知の次元によっては

具体的認知次元における対象の操作の必要性もない場合や

操作したがために新たな別の問題を生むことさえあるのです

 

抽象的認知次元はこれまで述べてきた通り

点が1次元(ドットによる差異グラデーション)

線が2次元(絵)

2次元までは現実的には純粋抽象の世界で人間に体験できません

線に奥行きがあるのが3次元(写真)

カテゴライズと傾向と単純(線形)な予想ができます

3次元に時間軸が加わったのが4次元(動画)

因果の問題や相対的な問題が扱えます

4次元を集合(解像度)で捉えたのが5次元(レンタルビデオ屋)

(非線形をメタ認知して線形として扱え複雑系を扱えます)

レンタルビデオやと表現したのには

誰かの人生を生涯でみるか青春時代を

見るかというような解像度だったり

2024年の小学生の成長記録を見るか

地球の気温の推移を見るかといったような

全体で見るか全体を更なる全体の一部として見るか

シリーズ(集合の部分たち)も扱えます

5次元の集合をフィードバックで扱えると6次元認知です

フィードバックによってベクトルを強化して

そのフィードバックの状態遷移が

5次元とした学習だったり

4次元や3次元や2次元や1次元の学習だったりして

ベクトルが進んだ先にまた新たなフィードバックが生まれるのです

人の一生と種としての誕生から滅亡までが星の一生に含まれてたり

星の一生も銀河や大銀河の誕生から終わりまでの一部など

その星から派生した人類においての問題解決という

知的フィードバック学習過程におけるベクトルの強化と

ベクトルの進行とフィードバック段階のルート分岐など

4次元はまだ空間に縛られがちですが

5次元や6次元で問題設定で時間や空間に縛られてたら

その問題は3次元や4次元意識によって

個人的な問題や一時的の問題解決をしたいがための設定です

世界にとってや人類にとっての課題設定をするとき

政治や経営の現場ではしばしば個人や一時的な課題を解決しようと

知恵を働かせることを自慢したり忖度や迎合するのも

人間の知的活動の一部です

メタ認知できてない知能の人間が

今経営や政治の主役で暴れ回ってます

彼らは自分のことを他者や社会に投影して代償を追わせます

彼らには感謝がありません

今自分があるのは自分の実力と勘違いしてます

本当の猿の惑星は誰かに恩恵を与えられた個人が

自分のおかげで今の自分があると思う人間が

世間を我が物顔で人々に語り指図し威張る星のことです

あくまで彼らは自分のことを他者に投影します

メタ認知できない知的生命体ってワイルドだよね(笑)