交流を、断られてしまった。
考えてみれば、無理もないか。
当事者の気持ちは、どこまでいってもわからない。
恐らく想像できる範囲を、超えているのだろう。
…という事までしか、わからない。
だからこそ、知らなければならないと思った。
なぜ、その人は死ななければならなかったのか。
知ってどうすると言われてしまうと、どうしたいという訳でもないのだが。
強いて言うなら、そこまでの愛情があったから、そこまで優しい素敵な方だったから、愛し合っていたから。
だからこそ傷も深いのだと、思いたい。
つまり、逆ならばそこまではならないのではないかと。
暴力こそ振るった事はないが、私は決していい夫・父親ではなかった…と、思う。
少なくとも私がやらかした事を考えれば、妻が心のどこかで、私に死んでくれないかと願っていても全然おかしくはない。
いや、少なからず思っていると思う。
妻の実家などは、もっとストレートに願っているだろう。
実際、大概のことがない限り、その選択が正しい。
私のこの状況は、悲劇にもならないのだ。
それでもここに辿り着いた時、自死遺族の方々の想いを読んで、ひどく動揺し、慌ててしまった。
そこまでのトラウマを生むのかと思った時、私は死んでもダメなのかと絶望感に包まれた。
恐らく何を選択しても、家族を苦しめてしまうのだろう。
どちらがマシか、せめてそこを考えるしかない。
だからなおさら、ここで何年も何年も苦しんでいる方々を見て、この人達とは違うと確認したかった。
ウチとは違うのだと。
いや…。
もしかして、私は止めてもらいたいのか。
私の様に悲しむ人を作らないでと、そう言われたいのか。
死んだ場合の問題点を取り除こうとしているのではなく、死なない理由を何とか探そうとしているのか。
こういう深層心理に落ちると、もうわからない。
考えるだけ、深みにハマる。
自分の事なのに…いや自分の事だからか。
冷静に言ってしまうと、恐らくどちらの気持ちもあるのだろう。
自らの死を人ごとの様に語る私は、この方々からみれば、不謹慎極まりなく見えるのかもしれない。
人ごとの様に語らないと、やっていられないのだがね。
その人達が、なぜ死ななければならなかったのか。
あの世と言うものがあるなら、そこで聞いてみるしかないのかな。
この世では、無理か…。