死を意識し始めてから、気になる様になった。


正確に言うと、首吊りを意識し始めてから。
日本の死刑は、絞首刑だからだ。


死刑確定後、どれ程で執行されるのか。
どうやら、すぐに執行される訳ではないらしい。


かと言って1週間以内という訳でもない。
それどころか、40年以上経っているのに未だに執行されない死刑囚も居るのだ。
執行されないまま、病死した死刑囚も居る。
おかしな話である。


法務大臣の決済…これに時間がかかるらしい。


仮に死刑反対派の大臣であれば、その任期中は誰一人執行されないという事になる。
一応、確定後6ヶ月以内という定めもあるのだが、法務大臣への強制力がなく、現在ではほぼ6ヶ月以内の執行などない。
おかしな話である。


死刑を論ずる事は自由だが、現時点での法律に死刑が定められている。
その上、司法の判断によって既に死刑が確定されている。
にも関わらず、そのトップである法務大臣がそれを実行しないと言うのは、職務放棄にあたるのではないか。
なぜこれが、許されるのか。


まあいい…進める。


大臣か決済をすると、あとは早い。
5日以内に執行されるらしい。


死刑囚にとっては、ギリギリまで自分の執行日がわからない。
以前は数日前に知らせていたらしいが、自殺者が出た為、知らせない事になったらしい。
どうせ死ぬのだから自殺ならそれでも…と思ったが、そうもいかないらしい。
家族にも、事前に知らされる事はない。


ならば先程述べた通り、執行されないまま病死してしまった死刑囚に対しては、どういう理屈で良しとしているのだろう。
明らかに国側の過失と言えるのではないか。
自殺はさせないが、病死は仕方がないというのか。
おかしな話である。


まあいい…進める。


しかし確定後、即執行という可能性も実例がないだけで、ゼロではない。
つまり死刑囚にとっては、自分の執行が明日なのか、今年中なのか、来年なのか、10年後なのかわからないのだ。
絶えず、今日かもしれないと思いながら過ごしていく。


それが、何年も続く。
文字通り、死ぬまでだ。


毎日、刑務官の足音に怯える者も居るだろう。
覚悟をしているとはいえ、なんとも言えない心境に違いない。
それはそれで、死刑囚ならではの罰と言えなくもない。


それに対し、いつまで経っても執行されない為、当初の怯えも麻痺してしまい、まさか今日ではないだろう明日ではないだろうと、平穏な死刑囚生活を送っている者も居る。
当初の覚悟も既に、薄れてしまっているだろう。


その者にも、執行の日は訪れる。
その者にとってはまさに、突然の出来事となる。


今から執行すると、直前に告げられるのだ。
今から数時間後に、確実に首を吊って死ぬのだ。
一度決めたはずの覚悟を、短時間で呼び戻さなければならない。


その時に味わうだろう心境は、想像もできない。
その苦しみもやはり、死刑囚への罰の一つと言えるのだろう。


執行される死刑囚の中には、悟ったように大人しく従う者も居れば、泣きわめき、暴れる者も居る。
私なら、どちらかな…恐らく後者だろう。
そりゃあ取り乱すのも無理はない。
今から、死ぬのだ。


仏壇のある部屋に連れていかれ、そこで希望者には遺書を書くことが許される。
しかしあまり時間はもらえないのだろう。
事前に脳内で作っておかないと、まともな遺書は難しそうだ。


その時、お菓子とコーヒーなどが出される。
タバコを貰える場合もあるそうだ。
それはありがたいね。
私はタバコをやめて8年が経つが、いまから死ぬのであれば、最後に1本吸いたいモノだ。
かるい目眩が起きそうだが、執行前ならなおさら都合が良い。


その時は既に、執行場所の隣の部屋に居る。
恐ろしい話だ。


目隠しをされ、手足を縛られ、首に縄を括られる。
設置完了すると、即実行らしい。


執行ボタンは複数あり、スタンバイしていた複数の執行人がそれぞれ同時に押す。
どれか一つが執行ボタンであり、誰のボタンで執行されたからわからなくなっている。
これはそこそこ有名な話だ。


2〜3メートル落下するので、ほぼ首が脱臼状態になり、意識はなくなるだろう。
苦しみも、そこまではない筈だ。


ここが一般の首吊りとは違うところだ。
落下による衝撃のおかげで、ほぼ間違い無く気絶することができるらしい。
これが一般の首吊りでは、気絶は同じだが、頸動脈を締めて圧迫させる事による気絶なので、多少の時間がかかる様だ。
とはいえ1分も無いのだが…多少は、苦しむかもしれない。


死刑執行後すぐ、遺族に連絡がいく。
遺骨は、遺族のほとんどが拒否するらしい。
どういう心境なのだろう。
もう関わりたくないという事か。
もう関わる事など、ないのに。


なんとも寂しい現象だが、それも死刑囚への罰と言ってしまえば、そうなのかもしれない。


この一連の流れは、YouTubeなどで簡単に見ることができる。
コメントを見ると、冷たい意見が多い。
当然と言えば当然なのだが、過ちを犯した者に対する世間の目は、非情だ。


皆、過ちを犯すのに。
一歩間違えば…という過ちを犯した経験のある人も、少なくないハズなのに。


私は今、執行を待つ死刑囚と同じ心境なのだろう。
必ず来る筈の執行日が、来ないのではないかと錯覚したりする。


そして、いきなり告げられる執行に、無様な醜態を晒して足掻くのかも知れない。
そうならない為に、準備は全てしておくべきだろう。



リミットは、もうすぐだ。