奈緒が用意した朝食はブリテッシュブレークファースト風だった。1枚のお皿に目玉焼き・ソーセージ・マッシュルーム・ハッシュドポテト・トマト・ベーコン・トースト2枚が乗せてありボリューム感たっぷりである。トマトは生ではなく、フライパンで焼いてある。

 

 江田はまずはマッシュルームから食べてみた。マッシュルームはかさの部分が分厚く、歯ごたえも固すぎず柔らかすぎずかなりグッド。マッシュルームの汁がかむ度に口の中にあふれた。色がかなり黒いので焼きすぎなのではと思ったが、もともとの色が黒かったようだ。

 

「奈緒、イギリス留学中の朝食ってこんな風?」江田は、グリルしたトマトをパクリッ。トマトの酸味が焼くことでまろやかになっているが、中身はかなり熱くなっている。

 

「まさか。時間がもったいない。私は、もっぱら、トーストやポーリッジ、シリアルで軽く朝食を済ませていたわ。」奈緒は声を立てて笑った。

 

「奈緒さん。イギリスに留学なさっていたんですか?」坂本綾香は朝食用ブレンドティーを美味しそうに一口飲むと言った。

 

「そう。オックスフォード。」奈緒はさりげなく坂本綾香に言った。

「凄いな。」坂本綾香は一瞬羨ましそうな表情を見せた。

 

「今度ね。中島みゆきさんの作曲作詞で「復活」という新曲をリリースするんですけど・・ 中島みゆきさん、ロシアの作家トルストイの小説「復活」から着想を得たらしい。それで、私、今、暇あるとトルストイの「復活」を読んでいるんです。」坂本綾香は話題を変えた。

 

 

 

 

 結局、寝付かれなかった。ネットサーフィンでもしようとリビングへ。ソファーテーブルにノートPCを置いてを立ち上げると、奈緒がリビングに入ってきた。
「おはよう。寝付かれなかったの?私も何か寝付かれなくね。午前3時頃、起きて、シャワー浴びたの。キッチンに居たのあなたね。トマトジュース空き缶あったから。」奈緒はソファーに腰を降ろすと言った。
 
「うん。喉が渇いて、水でも飲もうと思ったんだ。」江田はPCを操作する手を止めて言った。
 
 奈緒がリモコンでテレビを立ち上げるとニュース番組がオンエアーだった。テレビ画面では美人アナウサーがニュースを読み上げている。
 
「綾香さん。よく眠れたかしら。」奈緒は少し心配そうな表情をした。
「うん。どうかな。」江田は短く言った。
 
「今日、どうする。仙台で綾香さんと別れる。それとも・・・・」奈緒は江田に判断を求めると席を立った
 
「・・・・・・・・」江田は無言でPCの画面を見ていた。
 
「まさか、一人で東京に帰すわけにいかないなぁ」江田は、奈緒が洒落た入れたてのコーヒーが入ったコーヒーカップをソファーテーブルの上に置くと言った。
 
「このコーヒーカップ素敵でしょう。」奈緒は話題を変えた。
 
   奈緒は、キッチンでお気入りのコーヒーカップを見つけたらしい。
 
「ドイツ生まれの「カフェフォーム」のコーヒーカップ&ソーサーよ。素敵過ぎる。ほっこりとした見た目と雰囲気。手にすっぽり収まる小ぶりサイズのカップは上質の焼き物のようでいて、でも計算されていない。一つ一つの形がちょっとずつ違うその様に、ぬくもりと不思議な懐かしさを覚えるわ。これ、何でできていると思う?
実はこのコーヒーセットは、コーヒーを淹れたあとの豆をリサイクルして作られたものなの。カップからほんのりコーヒーの香りがするわよ。」奈緒が饒舌に話し始めた。
 
「え!コーヒーの香りがするの。」江田は驚いたように言うとコーヒーカップを鼻先に持っていった。
奈緒は朝食を準備するために再び席を立った。
 
 江田が自分のクラウドに保存している動画ファイルをクリックすると
「おはよう。今日も頑張っていきましょう。」坂本綾香のにこやかな笑顔が現れた。
 
 江田は、淋しくなった時の電話やメールの代わりに動画を見たいということで、坂本綾香にせがまれて、『お疲れさま編』『泣かないで編』『おやすみ編』等のムービーを作成して坂本綾香にメールに添付して送ったことがある。
 
 その代わりに坂本綾香も『お疲れさま編』『泣かないで編』『おやすみ編』を作成して江田にメールで送ってよこしたのだ。
 
「彼女どうするつもりなんだろう。結婚しないつもりなんだろうか。」江田は動画のでの愛くるしい笑顔をしている坂本綾香を見ながらふと、呟いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 目が覚めた。あたりはまだ薄暗い。水が飲みたいと思った。冷蔵庫を開けると缶野菜ジュースがあった。おそらく、江田が缶野菜ジュースを水代わりにいつも飲んでいることを知っている奈緒が買ってきて冷蔵庫に入れて置いたのに違いない。
 
 キッチンで野菜ジュースを飲んでいると、シャワーの音が聞こえた。奈緒か坂本綾香がどちらかがシャワー浴びているのだろう。
 
 江田は缶野菜ジュースを飲みながら、奈緒、坂本との不思議な関係を思った。「奈緒と自分は夫婦。奈緒と坂本綾香は親友。坂本綾香と自分は・・」そんな思いが江田の脳裏を巡っていた。
 
「不倫って言葉、訳せないわ。だってそもそも存在しないから」江田はアメリカ留学時に付き合っていたブロンド娘の言葉を思い出した。
 
彼女曰く。「不倫=モラルに反する事、既婚者との恋愛は倫理に反する、有責である、という解釈はないわ。要するに法律上明記されていない。それをもって即座に後ろ指をさされることがないということなの」。
 
日本人である江田は、そんなブロンド娘の言葉に違和感を持ったことは確かだった。
 
 恋愛至上主義のフランス人からすると、いったん神の前で交わした契約はそれはそれで神聖なのだろうが、不幸にも愛がなくなり仮面夫婦などになってしまった場合には、継続する意義はない。建前や世間体よりも感情を優先する。自分の気持ちに忠実であるということなのかもしれない。
 
 そんなフランス娘と留学時に付き合っていた江田は、江田と奈緒と坂本綾香との関係に鈍感なのかもしれない。
 
「奈緒はどう思っているのだろうか?」江田はそう呟くと、席を立ってキッチンを出た。