参議院選挙も終盤にさしかかりつつあった。江田が自民党から得た情報によれば、山城法務大臣は善戦し、相手候補に追いついたらしい。この朗報を選挙事務所に江田が伝えると、選挙事務所の責任者も大喜びだった。山城大臣は50万票を獲得し、当選するだろうとの自民党の予測だった。

 江田が頑張ったせいもあって、待望の小泉進二郎衆議院議員も、無理にスケジュールを調整し、急遽、山城大臣の応援に駆け着けてくれることになった。 

 投票日前日には官房長官も応援に駆け着けてくれる手はずになった。選挙も終盤戦に入ったということもあり、自民党の大物議員も続々と山城大臣の地元いわき市入りをした。

「今日、小泉進二郎がいわきにやってくるんだって?」朝食を食べていると、奈緒が唐突に言った。

「そうだよ。急遽、山城大臣の応援演説をしてくれることなったんだ。僕は責任者として応援演説に立ち会わなくてはならないんだ。君も僕と一緒に行くかい?」江田は食卓から席を立つと、pcが置いてあるディスクから小泉進二郎の応援演説会のチラシを取り出して奈緒に手渡した。

「勿論。連れて行って。」奈緒はチラシを見ながら言った。

 朝食を食べ終えると、江田はpcを立ち上げて三好参議院議員のfacebookにアクセスし、三好参議院の選挙活動内容を確認した。三好参議院議員が重点的に活動を行っている県南地区に安倍首相が応援に駆け着けたらしい。三好議員のfacebookには安倍首相の応援演説の携帯動画が載っていた。江田が自民党から得た情報によれば県南地区においては山城候補が一歩リードということだった。どうやら三好参議院議員の並外れた頑張りにより、相手候補の地盤と思われた県南地区に大きくくい込んだらしい。

 午後5時に小泉進二郎の応援演説会場であるいわき市南部勿来地区にある大手化学工場のグランドに到着。この大手化学工場のグランドは江田が手配したのだ。自民党の調査によって、勿来地区の山城候補に対する人気が今ひとつという情報を江田が入手したので急遽、中村自民党幹事長代理にお願いして小泉進二郎衆議院議員の来いわき市を江田は計画したわけである。

 既に、応援演説会場である。化学工場グランドには大勢の市民が集まっていた。小泉進二郎議員の人寄せ効果は想像どおり凄いものがある。グランドには既に、自民党の選挙カーが用意されており、地元いわき市議会議員
県議会議員達が旗を持ちながら、選挙カーの回りに陣取っている。山城大臣夫人も夫の代わりに集まった市民達と握手を交している。

 黒塗りの黒塗りの車が会場に到着し、車から小泉進二郎議員が姿を表すと、集まった市民達から歓声が上がった。小泉進二郎議員はしばらく市民達と握手を交すと、選挙カーに軽い身こなしで飛び載った。地元選出県議会議員の「人気絶頂の小泉衆議院議員です。」という元気のよい紹介で応援演説は始まった。
 

 

 

 結局、坂本綾香を東京まで送り届けることになってしまった。

 久しぶりに東京の自宅マンションに帰宅すると、部屋の中は夏の花「アメリカンブルー」が咲き誇っていた。

 アサガオを小さくしたようなブルーのかわいらしい花を次々と咲かせるアメリカンブルーは、ハンギングバスケットや寄せ植えにも最適である。日当たりがよくやや乾燥気味の環境を好む夏の暑さに強い花だ。

 アメリカンブルーはガデーニング初心者にも育て易い。 奈緒が伸びすぎた枝は時々刈り込みで草姿を整えていた。

 

「あ アメリカンブルーが咲いている。」奈緒は驚きの声を上げた。早速、奈緒は慣れた手つきで枝を整え始めた。

 

「綾香さん。トルストイの「復活」を読んでいるなんて意外だった。どうしてかしら?」奈緒が草姿を整えながら不思議そうに言った。

 

 奈緒の言葉に何故か江田は聖書の一節を思い出した。

イエスは言われた。「罪の支払う報酬は死です。」(ローマ人への手紙)

偶然に知った聖書にあるこの一節が江田はとても気になっていたのである。

 

「 聖書によればキリストが死者の中から復活したことは、明らかに、キリストに罪が無かったことを示している。キリストに少しでも罪があれば、決して復活することはなかったはずだ。俺に罪がなければ・・」江田は心の中で呟いた。

 

「しばらく住んでいないと綿埃が凄いね。」奈緒は紙モップで床掃除を始めた。

 

 

 

「トルストイの復活か。他のトルストイの小説よりは読みやすかった。「戦争と平和」なんて長すぎて退屈してしまった。」江田は思い出したように言った。

 

「トルストイの文体は、予想以上に読むのにはとっつきやすいわね。」奈緒が言葉を継いだ。

 

 

「最後のところで、不思議な老人が現れて、馭者と神について言い合いをする。老人を何故か?登場させて、話を聖書の方へと仕向けていく。なんか不自然。どうして?」奈緒は料理にフォークをやった。

 

 

「そうですね。下巻は読み始めたんですけど。あまり面白くないですね。」坂本綾香が少し不満げに言った。

 


「私も、唖然としてしまった。トルストイは、何故、こんな締め括りをしてしまったのだろうか?と、本を閉じて考え込んでしまった。これでは文学として、創作の放棄としか思えない。」奈緒が坂本綾香に同意するように言った。

 

「マタイによる福音書における五つの戒律を人類が守れば、 『この地上に神の王国が樹立されて、人びとは到達しうるかぎりの最大の幸福を手に入れることになるのだ』 と・・下巻は、文学作品としては、失敗のように思えてならない。それは、社会批評に傾きすぎてネフリュードフとカチューシャの存在感が途切れてしまっているところにある。それと、トルストイの宗教観が最後のところで迷走してしまっている。しかし、トルストイは、 『文学作品』 を殺してでも訴えたいものがあったからそうしたのだろうか?」江田は言葉を継いだ。

 

 

「読んでいて感じるんですけど、上巻と比較すると物語の展開が、かなりよどんでおり、、収容所の悲惨さ、シベリヤへの移送の過酷さなどの状況描写が、くどくどと多すぎます。」坂本綾香が二人の話に割って入った。

 

 

「神か。トルストイはなぜ神を持ち出したのだろうか?」江田はふと、心の中でつぶやいた。

 

「たいした、意味のないような登場人物である伝道師がネフリュードフに贈った聖書を開いて、その中のマタイによる福音書における五つの戒律を人類が守れば、 『この地上に神の王国が樹立されて、人びとは到達しうるかぎりの最大の幸福を手に入れることになるのだ』と、こんな締めくくり方・・ トルストイとは思えない。」奈緒はトルストイの「復活」談義を締めくくった。

 

 

「私、カチューシャの気持ちがよくわかるんです。」坂本綾香は遠くをみるような目をして言った。

 

 

「カチューシャの気持ちがよくわかる?」坂本綾香の言葉に江田は思わず呟いた。