天気の子をTVで観た | くぅちゃんへ

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愛猫を亡くしたショックから何かを吐き出さないとやっていけなくてYahooブログをはじめたのが2014年。そのYahooが閉鎖になるっていうので、ぼちぼちこちらへお引っ越し。過去記事を移動しています。猫とアニメと映画など

封切られた時、観に行こうと思いつつ忙しくて逃した「天気の子」TVでやっていたので録画してみた。

 

ぐぉぉぉ!

何で劇場行かなかったオレェェェ

あの素晴らしい絵は大画面で観るべきだった!!

わかっていたのに愚か者だよオレはぁぁぁっ!

 

いや〜、相変わらず新海監督の画像作りはもー天才!

光の使い方がうまいなー。

背景の東京の風景、精緻に再現してるんだけど、新海監督の作り込む背景って柔らかで詩情あふれるっていうか、やっぱ光の使い方が上手いからかな。

「君の名は」の時も思ったんだけど、陽光の射す方向とか反射とかほんっとに上手い。

それが独特の風情を画面全体に醸し出してるんだよね。

 

ラピュタリスペクトなこの空の情景も素晴らしかった。

美しくかつ画面にあふれる情緒な。

懐かしさすら感じさせる詩情ってやっぱこの監督の持ち味だろう。

 

んでな、この素晴らしい画像を探しに検索かけたわけよ。

映画の感想書く時は検索した最初のページで画像選択してお借りしてくるんだけどさ、いや、今回はちょっとびっくりしすぎたというか感想書くより先に驚きすぎてちょっと言いたい。

 

なんだあのアンチ達は!

 

普通ね、最初のページってウィキペディアと公式サイト、オフィシャルサイト関係が出るもんなんだけど、感想とか関連のブログとか記事は最初のページにはないものなんだけど、初っ端からアンチのご高説が出てきた。

何事?と思ったらどうやらオヤジ向け週刊誌に書かれた記事っぽい。

 

いや、アンチいてもいいんだよ。

人気ある奴ほどアンチいるから。

あのフィギュアスケートの羽生結弦選手だって本人、なんにも悪いことしてなくて一所懸命努力して結果残してるだけなのにわけわからんアンチいるくらいだからね。

妬みだねアレは。

ヤダね人間って。

 

いや、だから新海監督な。

最初のページからアンチ記事ってケース、見たことないんですけど。

人気あるからなんだろうなぁ。

君の名は、が大ヒットしたもんなぁ。

純な恋愛モノだったし女性がこぞってファンになるからやっかむ男が出るんだろうなぁ。

 

 

「君の名は」はあまり嫌う人はいないタイプの映画だけど、たしかに「天気の子」は好き嫌いがわかれるとは思った。

ちなみに、お母さんはこれ、大好きだけど娘は嫌い。

理由はね、主人公二人にあるんだよ。

 

主人公帆高(ほだか)君16才高校一年生、陽菜(ひな)ちゃん15才中学三年生、とっても真っ直ぐで素直な良い子だ。

ただね、この「良い子」な性格、これははるか昔に思春期を終えたおじさんやおばさん達のノスタルジー要素がてんこ盛りで詰め込まれた「真っ直ぐさ」であり「善良さ」であって、実際にこんな子、いないんだよね。

 

しかもだ、厄介なことに、現実には「帆高」的な子や「陽菜」的な子って実在すんのよ。

その現実にいる「帆高」や「陽菜」って100%、嫌な奴らやねん。

大人受けだけするいや〜〜〜〜な子、それが現実にいる「帆高」や「陽菜」なわけ。

 

大人はね、己の中の過ぎ去った青春期へのノスタルジーで素直にこの子達みたいな性格を受け止められるんだけど、思春期、青春期真っ只中なお子様達はね、現実にいるいや〜〜〜な「帆高」や「陽菜」が重なってとてもじゃないけど共感できない。

 

そこが好き嫌いの分かれるキモだと思う。

例えばカリオストロのクラリス姫とかナウシカとかみたいな子だってあんな心根の素晴らしい子は実際にはいないわけで、ただ彼女たちのいる世界が我々のリアルと全くかぶらないから最初から別物ってとらえることが出来るんだよね。

でも物語の舞台が私らの世界とかぶっていて、そんでもってエセ『帆高』やエセ『陽菜』な子が現実にいるから厄介なんだな。

 

ファンタジーすぎてリアルじゃないから好きじゃないって意見いってる奴らもいたけど、うん、お前らバカか。

ファンタジー好きじゃないならそもそもこういう映画は見ないだろ。

リアルな映画みたいなら他あたれ。

 

話が逸れた。

ネットに溢れる若いアンチのご意見、主人公達が「性格悪い」だの「クズだから嫌い」だの「責任感がない」だの言ってる連中はね、おそらく、自分達が感じた違和感や嫌悪感の原因が何なのか、よくわかってないのね。

実は大人のノスタルジー要素の濃いこの二人の性格に現実の「良い子に見せかけて性格めっちゃ悪」な子達が重なってしまって、それが嫌悪感につながっているんだけど、それが自覚できてないわけだ。

 

で、一番わかりやすくて簡単な理由に飛びつく。

 

「帆高、勝手だ、屑だ。お前らのせいで雨が止まなかった、皆が苦しんでるじゃん」

 

うーん、君達、もっと読解力と他者への想像力、自己分析能力を磨こうか。

本を読んで名画といわれる映画をちゃんと見ていこうね。

せめてエリセとかタルコフスキーとかベルイマンとかヴィスコンティくらい見ておこうよ。

若いうちからアニメとエンタメだけ見てたらいかんぞ?

年取ったら疲れるからどーしてもエンタメに流れるんだからな。

 

 

話を戻そう。

クズだと罵る彼らが嫌悪感の元に気付くことなく飛びついたわかりやすい理由についてだ。

 

物語の終盤、「晴れ女」の巫女として天への「生贄」になり存在が消えた「陽菜」を「帆高」が救い出した。

世界が滅ぼうがどうしようが、自分は世界より陽菜を選ぶ、といって天から陽菜ちゃんを帆高君、連れ戻す。

結果、世界のバランスは戻らずに東京には雨が降り続き三分の一が水没することに。

「晴れ女」の商売で関わったおばあちゃんの家も水没したから高台に引っ越してる。

 

彼ら、彼女らはそのことに対して主人公達「クズ」だの「勝手」だの「おばあちゃんがかわいそうだ」だの轟々の非難を浴びせているわけだ。

 

ふっふっふ、若造たちよ、ならば聞くがな。

 

アンタら、自分が「人柱」「生贄」になれ、でないと東京が水没しますって言われて、はいそうですか、世界のために喜んであたしゃ生贄になりますよって言えるのかい?

アンタらの大事な人が、両親とか恋人とかが「生贄」に選ばれて、じゃあしょうがない、世界のためにお母さん、生贄になってくださいって言えるのかい?

「おばあちゃんの家が水没しないように僕が生贄になりますよ」って誰か一人でも言えるのかい?

 

言えないだろ。

少なくともこの母はいえませんね。

子供差し出せ?

はぁ?ふざけんな、世界滅びろよ、そう言いますね。

 

東京が水没するから、雨止めるためにお前の家の猫を差し出せ。

え、三分の一が水没するんですか?

おばあちゃんの思い出の詰まった家が水没するんですか?

でもうちのむぅむぅちゃん、がんも君、つみれちゃん、ぽや太君、藤丸君を差し出したら雨が止むとおっしゃるんですね。

そうですか、ご事情はわかりました。

 

だが断る!

 

きっぱりと岸辺露伴になりますよこの母は。

世界中を敵に回しますね。貴様ら勝手に滅びとけと言い放ちますね。

 

そもそも、誰か一人が犠牲になれば皆助かるんだからそうすべきだって騒ぐ連中はな、その異常さを自覚すべきだよ?

戦争中の数々の悲劇はそういう思考回路から生み出されるのだよ?

戦争中な、お前らみたいなタイプが近所の人を特高にチクって自分は愛国心に溢れた国民だって自己満したんだよ。

江戸時代はな、そういうタイプの連中が氾濫する河に人を投げ込んだんだよ。

自分が人柱になるわけでもなく特高に拷問されるわけでもなく安全な所にいるから騒げるんだよ。

自己責任とか言い始めるんだよ。

だって自分は安全圏にいるから大丈夫なんだもん。

自分が犠牲になる側に立った途端、不公平だとか理不尽だとか騒ぐくせにな。

 

主人公達のことを何故不快に思ったのか、その気持ちをきちんと分析することの方が大事なんだが、悲しいかな、深く考えないタイプの人間は一番わかりやすいものに飛びつく。

 

あのなぁ、若造よ、リアルにいる「帆高」や「陽菜」に似た、しかし似て非なるエセ「帆高」やエセ「陽菜」に普段、苦い思いさせられてるから、ソイツらと重なって君らは不快に思ってるだけなんだろ?

 

奴らを疎ましく思う気持ちはわかる。

リアルにいるあのタイプはタチ悪いからねぇ。

バカな大人はコロっと騙されるしな。

でもな、生贄にならなかったからって非難するのは筋違いも甚だしいと自覚すべきなのだ。

そんな筋違いのことを堂々と口にする鈍感さを呪え。

だからエセ帆高タイプにいつも苦い思いさせられるんだよ。

 

そして、最初のページにデカデカとでていた、オヤジ向け週刊誌に書いてあった感想、っつかアンチなオヤジな。

あれも勘違いも甚だしいというか。

 

単に新海監督のこの作品が好きじゃなくて批評するならかまわない。

それにな、個人のブログならそれはあくまで個人的な感想なんだってわかるから何を書いても自由だよ。

お母さんだって好きじゃない奴はボロッカスに言うしな。

でも、少なくとも銭を出して買う週刊誌なんだろ?

だったらもっとまともな記事書けんのか?

オヤジ向けの雑誌の記事ってあんなに低レベルでオケになんの?

 

まずびっくりしたのが、『子供が善、大人が悪って対比がおかしい』ってご意見。

 

いや、おかしいのはお前じゃ。

この映画のどこに「子供が善、大人が悪」って対比があるんだ?

ないよ?

 

平泉成さんがお声担当した刑事さん

ビジュアルも平泉さんっぽい

 

えっとね、普通の社会でな、家出少年がいて、しかもうっかり暴力団の拳銃拾っちゃったってなった場合、映画の中の警察官達の対応はごくごく当たり前のことでしょ。

家出少年を保護して事情を聞いて親元に連絡する、これは警察として当たり前の行動だ。別に悪じゃない。

少年が拳銃を拾った事実が発覚した。

じゃあ事情を詳しくきくのは普通でしょ。

別に警官達は帆高が何かの犯人だから逮捕してるわけじゃない。

 

ただ、この物語では帆高も陽菜もこの世ならざるものと関わってしまっていて、だから警察に事情を話すこともできないし、だからといって素直に拘束されているわけにもいかない。

特に帆高は親元に今、帰るわけにはいかない。

陽菜を救わないといけないのだ。

だから逃げた。

事情を話しても誰も信じないって知ってるから逃げた。

だって信じるわけないだろ。

陽菜は天の巫女になっちゃったから存在が消えて、そのおかげで東京は晴れたんですって言った途端、病院で診察してもらいましょうねって言われちゃうよ。

陽菜を助けたい一心で、でもその事情ってのが他の人達に、たとえ大人でなく子供だって信じてはくれない、そんな理由があるから彼は何も言わずに警察からただ逃げたのだ。

 

それを単純に「大人=悪、子供=善の構造がおかしい」と非難する?

別に警官たちは悪だって描かれてないし帆高が完璧な善だっていう風にも描かれてないよ?

 

どうしても憎まれ役になってしまう大人代表の刑事さん。

このリーゼントの衝撃でかなり憎まれ要素が緩和されたと思う。

一瞬、目ぇ疑ったもんね。東方仗助よりすげーわリーゼントの破壊力。

 

この人だって別に悪人なわけじゃない。

ただ、刑事としてやるべきことをやっただけ。

融通がきかないなんてこの社会じゃ普通にあることなんだしね。

 

カーっとなって帆高に乱暴しちゃうけど、あんなわけも言わずに暴れられたらフツーはキレるっしょ?

そこを「子供になんて暴力振るうんだアンタはっ」と怒鳴れちゃう圭介おじさんはよい人だと思う。

 

お腹を空かせて行くあてもない家出少年を何も言わず家にいれてあげる圭介さん、揺れる大人代表みたいな言い方されてたけど、いや、フツーにいい人でしょ。

自分だったら、と考えてみろよ。

出来るか?

家出少年を引き取るってさ。

仕事させるってそんなん、形だけじゃんなぁ。

そして、ブレてるって言うけどな、我が子の親権をかけて身元大丈夫ですって裁判所に行かなきゃいけない時期に刑事に家に来られたら誰だって帆高に「親のところに帰れ」って言うだろ。

言わなかったらそれこそ悪い意味でのファンタジーだよ?

それでも帆高を心配して駆けつけてくれるうえ、体張って警察とめて神社に行かせてくれるって、並以上にいい人だと思うよ?

批判する人、自分どれだけ出来た人間だと思ってるんだ?

っつか、おそらく人付き合いとか子育てのリアルを知らない人なんじゃねーの?

 

なんか、今回、天気の子の感想書く前にアンチどもの罵詈雑言にあったまきて反論する記事になっちまった気がする。

まぁ、話題作だから他で色々あるだろう。

監督自身も色々と語っているみたいだし、それは時間があるときに読んでみようと思う。

 

まぁね、この映画、好き嫌いはハッキリ分かれるけど、あのクオリティの画面は必見だと思う。

こまかい演出の妙と美しい画面を堪能するだけでも観る価値はある。

その上でうちの娘みたく「あんま好きじゃないんだよねー。ほらー、フツーにいる帆高タイプって嫌な奴多いじゃん。それとかぶるから〜」と文句垂れればいいのだ。

「悪と善の単純な二元化」だの「クズだから嫌い」だの「リアリティの欠如」だのとほざくな。

 

 

最後に、オヤジ達が抜かす「リアリティ」なんだがな。

細田守監督が引き合いにだされて(きっと細田監督もすげー迷惑)「おおかみこどもの雨と雪」との比較がなされてたりするんだけど(絶対細田監督、すげー迷惑って思うかと)

つまり、あの作品の中で児相がね、書類とか持ってきて確認する場面を引き合いに出してるんだけどね

 

ごめん、吹いた。

お前らのリアリティってアレなの?

書類の細かい描写と児相職員のリアルな質問、アレがリアリティなの?

ちゃんと名画観て感性磨いてから来いよ。

 

サマーウォーズがすごーく好きで、「お願いしまーす」のセリフで遊んだりするくらいお気に入りの映画で、だからこそ「おおかみこども〜」にはガクーっと涙したお母さんなんだけどね、その原因の一つがちぐはぐさだったんだよ。

 

妙にリアリティもたせようと児相職員のシーンを細かく描いたかと思うと、あまりにアバウトではい?となっちゃう狼男のパパの死因。

 

都会じゃやっていけねぇ、児相来るし、って田舎に逃げ込む母親と二人の子供なんだけど、うーむ、監督さんよ、アンタ、田舎にすんだことないだろ。

田舎の方が何でもバレるんだってば。

何かを隠したい時は都会だよ?

っつか、どうやって銭稼ぐの?

生活費、田舎でもかかるんだよ?

もしかして田舎にいけば生活費浮くとかファンタジーなこと、考えてない?

あんな山の奥の村だったら車ないと生きていけないよ?

そんでもって、児相だの都会でのアパート生活だのって現代に寄せて描いてたのに、田舎にいった途端、昭和三十年代ですか、もしかして戦後すぐですかって描き方はどーよ。

 

 

それとな、田舎に引っ越して空き家に住むシーンな。

あんな大きな空き家、一日で住めるようにはなりません。

しばらく放置されていた日本家屋のメンテって大変なんだよ?

監督さん達ご一同、掃除したことないでしょ。

空き家の掃除は一日じゃ終わりません。

一人でも無理っす。

 

そしてね、何年も使われていない耕作地を耕すのはとっても大変っす。

農業やったことのないヒロイン一人の手にはおえません。

鍬でそんな、すぐすぐ耕せません。固くなった土って本当に手強いんだよ。鍬、跳ね返すんだよ。なんど土ほぐしてもすぐ固まるんだよ。

耕運機でやらないと無理だって。

んでな、耕運機、いくらすると思ってんだよ。

 

あとな、手ほどき受けたからって作物が実るほど農業は甘くないよ?

肥料入れて土作りするって大変だよ?

あんな、言葉指導だけで見事な野菜とれたらオレだって庭を畑にするわ!

 

だいたい、葉物には虫がつくんだよっ!

無農薬であんな見事な葉物とれるわけねぇだろ。

 

田舎の地域社会っておつきあい大変なんだよ、いい人少ないんだよっ。

ここはいい所でしょー、いい人ばっかりだからって言う奴に限ってヤバイ奴なんだよっ。

 

もーね、ド田舎出身でさんざか苦労してきたオレからみたらアレこそ何だコレファンタジーだわ。

これだけ違和感あったら「おおかみ〜」の映画に感動出来るはずがない。

 

 

帆高を逃がすためのバイクアクション、こういうファンタジーはお約束だからいいのだよ。

これってマニア垂涎のカブらしいな

 

つまりはだ、甚だリアリティからかけ離れた映画を引き合いに出して「天気の子」にリアリティが欠如しているとぬかすアンチが週刊誌に記事を書いているっていうことに呆れただけって話。

 

新海監督ってファンタジー要素とリアリティの組み合わせが絶妙だと思うよ。

お腹が空いた、寒い、そういうのはとても辛いってちゃんと伝わってきた。

家出少年に東京はあんな甘くないって、いや、あれは家出少年のお話じゃないから別に過酷な都会で堕ちていくシーンを描く必要はないんだってば。

だからこその圭介おじさんの存在でしょ?

堕ちる前に彼が拾ってくれる設定を作ったんだから。

 

なんか、見当違いな批判をしてくるアンチがいて新海監督、大変だと思う。

でも、そんなクズな意見は無視して作りたいものを今後も自由に作っていただきたい。

巨大な才能だってことは間違いないから。

 

そして、観る人間はこの映画の持つ美しさをじっくと堪能すればいいと思う。

我々年を取ってしまった者はノスタルジーに涙しながら。

まぁ、美しい青春なんてもんは現実世界にはどこにも存在しないのだよ。

それこそ青春期を過ぎた人間の持つファンタジーだ。

無垢な子供ってのが実はどこにも存在しないのと同じで。

 

帆高が最後に言う「大丈夫だ」って言葉は、自分らは助かって大丈夫という意味ではなく、この世界の秘密を背負っても二人ならばちゃんと生きていける、生きていこうっていう意味だと思う。

決意のあらわれが大丈夫って言葉に込められたんだと。

 

ま、そんな風にお互い思い合える相手と出会うってこともある意味ファンタジーなんだけどね。

だからこそ映画は楽しいのだ。

キツいリアルはマジ、リアルだけで十分だぁよ?

 

 

 

 

 

 

高いけどこういうの、ファンなら欲しいよね

 

 

これとかカッコよくね?

 

 

組紐、綺麗だよねぇ