「東京のカエル」

「東京のカエル」

駄目な2人が今日も歩いていく

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 インターネットで偶然温泉が当たる懸賞を見つけた。

「5組10名様ご招待」

 当たったら、モリタ喜ぶかな……。温泉に行きたいなんてお金のない私達は暑い四畳半の部屋で扇風機をまわしてパピコを半分ずっこしながらゴロゴロと喋っているときがよくある。

ふと、そのことを思いだし、当たればいいなくらいの気持ちで送ったその懸賞は、いつのまにか忘れ去られていたのだが、仕事帰りにふと携帯が鳴った。着信は知らない番号。おそるおそる出てみると、あの早稲売れ去られた懸賞が当たったというお知らせだった。一時間後に家に着くことを伝えるとその業者のお兄さんは、「じゃあ一時間後に行きます」と言った。

一時間後、お兄さんは温泉のチケットではなく、どう見てもいらないであろうミッキーの絵の水筒を雨の名中持ってきた。

「おめでとうございます!実は、あの懸賞の会社で僕働いている責任者の小野です。あ、実はこの懸賞の会社ね、新聞なんだけど~……、温泉行きたいよね?実は~、今回外れちゃったんだけど僕お姉さんにこのチケットあげようと思うんです。いやね、こんな雨の中勝手に景品持ってきたのに、お姉さんすごい感じいいんだもん。だから、あげようと思うんです今回特別に。」
「え、まじ……!」
「ただね~、お願いが、お願いが一点だけあります!」
「…新聞でしょ?あたし無理、お金ないもん。」

ミッキーの水筒を抱えてから十分、新聞勧誘だった罠に気づかず私はミッキーの水筒を抱えて、
お兄さんのトークを聞いていた。

雨ざらしの中ご苦労様だ、本当に大変だなぁ、この人。と、内心思いつつもあまりにも雨の中で喋り続ける勧誘のお兄さんに私は傘を差し出した。

「濡れますから、どうぞ。話は聞きますけど、何度言っても新聞は無理。温泉はあきらめます!」
そう言い放った私に、お兄さんは飯に行こうと誘ってきた。

「新聞は、もういいです。仕方ない。ただ、今度暇なら飯でも行きません?いや、なんかお姉さんみたいな人なんかいいなって。友達に。」


世の中、なんて軽くてアホなのだ。たったこの何分かのくだらん営業トークにつきあっただけで、
飯のお誘いがくるのか。どうせ体だろう。

わかっていたが、何かふと意地悪で暇な私のどうでもいい試してみたい人間観察の心が動きだした。
『このお兄さん、こんな営業トークしかしないけど、本当に気持ちわるいアホなのか、それとも体も目的としない純粋な心の人かちょっと見てみたい……』

「いいですよ、暇なとき電話してください。」
私はそう言って、玄関を閉じた。
直っていない。私は昔から、辞めとけばいい暇で後々めんどくい男事を自ら作りだす。

でも、これがかえってモリタに対する愛情を深くさせるのだ。どうせ、明るみでご飯を食べにいったところで結末はわかっている。お兄さんは私の男っぷりに幻滅し、やらせてくれないとわかればそそくさと帰る。そしてそれをわかっていながらも私は心に小さな傷を作り、モリタの顔を見てホッとするのだ。
わかっているのだ。そこでもっとモリタの存在を再確認したがるのだ。
でも、それがときとして、ハズレてしまい、本当に運命の友達の出会いというか、
そのお兄さんが本当にいい人で話もあい女男を抜けた友達につながることも
私にはまれにある。

その見極めと出会いと、モリタの愛情再確認を、私は誰にも知られずに楽しむ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー続く
ジメジメとした空気がいつしか息苦しい夏になっていた。
日に日に仕事場も息苦しさを増していた。
ニコリと笑顔で彼女は今日も私の失敗を見つけては皆様に御披露目をする。
なんたる腹ただしさ。そして言い返せない自分への腹ただしさ。

好きなことして生きていきたい。

確かにまともに働きだして生活は安定している。
モリタにおいしいものも食べさせてあげることができるようになった。

 だけど思いがとまらない。日増しに抱く、この感情は、
誰かが、私の中の誰かが、

「君は長くそこにいるべきではないよ」
そう言っているからなのか、もしくは単にひとつの場所に停まれない性格だからなのか。
前者だと信じたい。
前者と信じる自分がいるってことは、やはり私は寄り道をしたがりアホやから、
皆が頭でわかることを経験してからでないと、次に行きたくても行けないのだろう。
なんとも、時間のかかる人間だこと。
パソコンで一回一回文字を打つたびにかくていを押してしまう、頭のわりい子。

あきれてくる

そんな毎日だ。
 仕事からの帰り道、地下鉄を出て、大きな緑の魔力が潜む公園を抜けると、
家につく手前に黒猫の看板をかかげた小さな家がある。

「くろねこ」

 なんとなくいつも目につく。と、言えども占いでいちばんしんどい時期を
頼りにするのはもう嫌だ。
モリタにであう三年前、「恋」というものに巡りあった。モリタに恋を
していないはずはない。だけど、モリタは「愛情」という言葉の方がしっく
りくる。ぶつかりあって、キレまくって、だけど手をつないで同じ道をゆっく
り歩いていく、それがモリタだ。
三年前、突然何の根拠もなく現れて、そこから私は数年間、名前しかわからず
あいさつしかしないあの人にひたすらに恋をしていた。つきあってからも私は
あの人に恋をした。そう、だから駄目になったのだ。
私は恋は持続できるが、それが現実に近づいてくると、保つことができない。
つまり、情にならなければ恋に素顔は見せられない。
それが私の恋なのだ。
別れることもなんとなく、私とあの人はわかっていた。付き合う前から、
2人はそれをひどく怖がっていた。そこから数年、わたしはひどくバランスを
崩しては泣き叫び、がむしゃらにわけのわからぬ好奇心を見つけて、ひたすら
走った。そして、遠くはなれたこの街にやってきたのだ。三年ももがけば、
その物事が芽をだすことかそうじゃないかが若干わかる。
あの恋は芽すらでる時限の話ではなかったのだ。だって恋は恋。
 ある日、なんだかプツリと目覚めて街を自分の為に歩きだしたら、そしたらモリタがいた。

「東京のカエル」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー続く