第69回 冥王星おとめ座時代 | 西洋占星術〜どうせ、あの世までは追ってこれまい。〜

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冥王星おとめ座時代(1971年まで)。

日本史でいえば、高度経済成長期は、ちょうど、ぜんぶ、おとめ座時代。

世界史でいうと、東西冷戦のまっただなか。

ソ連(現ロシア)を中心とする東側諸国と、アメリカを中心とする西側諸国に世界は二分され、日本は西側諸国の最東端に位置していた。

 

冷戦、というワードは、もはや歴史用語だが、これを簡単に説明すると、当時の覇権国家はアメリカとソ連(現ロシア)の2国であり、それ以外の国々は、米ソどちらかの同盟国ないしは属国だった。

 

アメリカを略して、米。現在のロシアは当時はソビエト連邦という名前で、略してソ。カタカナのソという略号は、いまでは、プロ野球 パ・リーグのソフトバンクの意味だろう。

米ソの対立は、現在からは想像もできないくらい深刻なものであり。世界は東西に分断されていた、というのは、現代人にとっては、まるで冗談みたいな、本当の話。

たとえば、日本から西ヨーロッパ(フランスやイタリアなど)に旅行するとき、直行する航空便は存在せず、一旦、日本から北米カナダのバンクーバーなどに飛んだあと、そこからヨーロッパの目的地へと乗り継ぐ。

ユーラシア大陸の東端から西端に行くのに

(※厳密には日本列島はユーラシア大陸ではないが。)なぜか

なぜか、逆方向に進んで。

太平洋を渡って、さらに大西洋を渡って。

ユーラシア大陸でない場所を約地球一周していた。

 

なぜ、そんな面倒なことをするのかというと。現代人には、こんな話は、まるでフィクションのように聞こえるにちがいないのだが。当時は、ロシア(ソ連)上空を民間航空機が飛行していると、撃ち堕とされる可能性があったのだ。

当時のソ連という国家は、スパイ容疑という罪名が大好きで。自国民に根拠なくスパイ容疑をかけては、処刑したり強制収容したりしていた。それも大量に。一説によれば、数千万単位で。

 

そのような情況だったので。自国民を気軽に殺せるソ連という国家が、「敵国たる」西側諸国の航空機が上空を通過するのを許可するはずもなく。ほぼ地球一周してでも、ソ連上空だけは避けるのが、当時は常識だったのであります。

もちろん、空路だけでなく、陸路も大幅に制限されていました―――。

 

 

 

 

 

 

ソ連というのは、このように、おそろしい国家であり。

ソ連を中心とした東側諸国というのも、その大部分は、ソ連とうっかり陸続きだったばっかりに、不運にも武力で制圧されてしまって、支配下に置かれてしまった国が、ほとんどです。

ソ連という悪の国家がこれ以上勢力を拡大するのを防ぐため、わたしたち西側諸国は、一致団結して立ち向かい、最終的には冷戦に勝利して、東側諸国すなわち共産諸国そのものを、解体しなくてはなりません―――。という見方は、西側諸国(別名:自由主義、資本主義経済圏)のなかでは一般的ではあったものの、同時に、マッチポンプの要素も大いにあったと言えます。

「敵が存在する」ということの都合の良さを、おたがいに自作自演していたのです。

 

 

 

 

 

 

当時の日本は西側諸国の一員として、経済成長に邁進していた時期で、東京オリンピック開催(2020年ではないほう)や、東海道新幹線の開通は、この時代のことです。

ほかにも、高速道路網の整備や、蒸気機関車を電車に置き換えることなども、急ピッチで進められていました。

 

日米安全保障条約は、実質的に言って、西側諸国の一員としての身分証(所属の証明)の機能を持ち、これがあるかぎりは、東西どちらに所属するべき/所属しているのか、という問題は発生しません。

れっきとした、西側の長:アメリカとの直接の二国間条約を保持している以上は、どこからどう見ても、日本も西側諸国の一員、ということになります。

 

それでいて。国内世論、思想や言論の世界では、

「日本は東側諸国に所属替えするべきだ」という声が、圧倒的に強かった。

ソ連ではすでに、この世の天国、楽園が実現しているなどと本気で述べる論者もいて、それを真に受けて自力で(政府を介さずに)ソ連に渡航したあげく、「日本からきたスパイ」として逮捕され収容され処刑された者も、実際にいたようです…。

 

日本にいる思想家、言論人たちは、全力でソ連を絶賛する理論を述べてはいても、それ以上の具体的なことは、なにもせず。つまり、理想としては東側に所属したいが、現実には西側に所属している。このような、理想と現実が分離した状況に、当時のわたしたち(日本人)は、なんの矛盾も感じなかったようです。

やはり、そこは、本音と建前の乖離が激しい、お国柄なので。笑

 

東西冷戦というのは、一面ではイデオロギーの対立ではあるものの、他方、単なる勢力争う、という部分もあり。

単純に言えば、西側諸国の一員が、東側に所属替えされるのは、とても困る。なぜって、勢力が減るから。

 

なので。地理的に言って、西側諸国の東端に位置する日本が、ソ連を賛美、称賛し可能なら東側に所属替えしたい、という国内世論を持つことは、実質的には、むしろ、西側諸国の一員としての立場を強化する、という効用を発揮しました。万が一にも、東へと所属替えなど、されては困る、という理由で、西側のほかの国々からは、かなり甘い処遇を受けていたのです。

 

現在、貿易摩擦として知られる案件は、当時はなにひとつ存在していなかったほか、貿易収支(赤字が黒字)などは一切問わずに、おとめ座時代が終わるまでは、円ドルレートは、ずっと1ドル=360円のままでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

世界のなかの日本、という観点から、冥王星おとめ座時代について、まとめてみました。

どのような時代だったか、おわかりでしょうか?

 

 

おとめ座には新しいなにかを創り出す力はない。

東西冷戦という構造は、朝鮮戦争(1950~1953年)に始まり、ベルリンの壁崩壊(1989年)と、ソ連邦の解体(1991年)に終わる。

冥王星に置き換えると、しし座時代に始まり、さそり座時代に終わった。

大きな激動のはざまにある、なにも起こり得ない、小さな時代。 おとめ座そのものの性質(土の柔軟サイン)から言って、そのようにしか、なりえない。

 

②しかし、適応力はバツグン。

2019年の現在から振り返ってみると。冷戦当時についての、世界はふたつに分断されていた、とか。だから日本からヨーロッパに行くのに、太平洋とアメリカ大陸と大西洋を超えて、ほとんど地球一周する必要があった。

などという話は、もはやフィクションかファンタジーのようにしか、感じない。

『世界はふたつに分断されていた。東側と西側に。』

なんて、まるで新作ゲームの告知ポスターみたいだ。

しかし、当時の人々にとっては、それが、まぎれもない現実であり。何の疑問も持たずに、そのような世界/世の中に、人々は適応していたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おとめ座は細部にしか目が向かず、全体像は見えないので、矛盾は深刻化し、ひずみが拡大する。

→そうして、それを解消するのは、もっぱら、次のてんびん座の仕事。

 

 

 

 

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