机が働く今日この頃(Flash支店) -2ページ目

夏の終わり

夏休みが終わりましたね。


学生ではないので、実際は関係ありませんが。

昨夜、ラジオを聴きつつ作業などしていると、夏休みの宿題で追い込みがかかっている学生のメールなどが読まれていました。私は宿題はありませんが、今月、何したっけなあと考えると「これだ!」というハッキリしたものがありません。


思えば中学生の頃の夏休みはほぼ心の赴くままに行動していように思います。

ゴロゴロしてフラフラしてゲームしてテレビ見て

ゴロゴロしてフラフラしてゲームしてテレビ見て

ゴロゴロしてフラフラしてゲームしてテレビ見て

ゴロゴロしてフラフラしてゲームしてテレビ見て

ゴロゴロしてフラフラしてゲームしてテレビ見て

夏休みが終っていました。


こうやって事実を振り返って示唆される事から何かを学び修正出来れば、どうにか夏休みの延長で人生を終らせずに済むでしょう。


しかし、少年時代に「ゴロゴロしてフラフラしてゲームしてテレビ見て」そこから何かを得て勝っている人も居るわけで、同じように「ゴロゴロしてフラフラしてゲームしてテレビ見て」いましたが勝てていませんね。足りなかったのでしょうか。


けれど「ゴロゴロしてフラフラしてゲームしてテレビ見て」いた夏休みを後悔しているかと言われると別に後悔していないんですよねえ。やって良かったとさえ思っている。油断すると今でもやりそう。


まあ、勝てば一生夏休みも可能なわけで「ゴロゴロしてフラフラしてゲームしてテレビ見て」の繰り返しで人生を終らせる事も可能なわけです。……あれ?

死んだデータ

以前、某氏に頂いたメール内に「データをCD-ROMに書いてしまうと取り出すのが面倒で、死んだデータ同然ですね」との記述を読んだ記憶があります。

前エントリに書いたように手持ち音楽CDのデータ化を行っているのですが、残り少ないと思っていた音楽CDが意外と沢山ありしかも、見つかるまで所有している意識がまったくありませんでした。

これでは必要な時に取り出せるはずもなく、銀の円盤を並べて場所を取って家賃を払っていたに等しく無駄であると実感してしまいました。

既に必要でないからこそそういう事になっているのかもしれませんし、音楽CDなど所詮は余事なので度を越えなければそれでもいいのかもしれませんが、一事が万事この調子では為し得るものも為し得ません。


「わかっているさ。」などと言っても、こういう事をしてしまっているわけで

解っているだけで出来るならば「なら勝てていただろう」でありますね。


持っていて、それを生きた形で活用できるくらいに手が届く場所に置ける物量は少なくて、

しかし沢山の物を持ちたくなるのは、出来ない人間の性なのかもしれません。


今まで、銀の円盤だった物がHDD上のデータになったわけですが

果たしてコレを生きたデータにする資質があるのか。

インテル、わたしを導いてくれ…。

ROUND-VERNIAN VIFAM


手持ちの音楽CDはすべてMP3化したと思っていたが、けっこう残していますね。

写真は「銀河漂流バイファム 音楽集vol.1」。

ジャケットもライナーノーツもいいので残していたのだと思いますが、なんたる甘さ。

そんなわけで徹底的に粛清ですね。粛清の嵐が吹きます。


bookoffへ放出しろ!

有言実行の効用 -めぐあい宇宙-

8月15日のエントリ「有言実行の効用」 の結果判定とレビューです。



結果判定


15日(月曜日):生活ゴミ以外にムリにでも燃えるゴミ一袋分を廃棄する。(火曜朝が可燃ゴミ回収)
○:これは意外に手こずりました。家は物で溢れているのでゴミ一袋分捨てるくらいすぐだと思っていたのですが、「物が溢れている」=「ゴミが溢れている」ではないですね。部屋を見回した範囲で捨てようとしたのが苦戦要因。普段開けないような所を物色すればまだまだ行けそう。


16日(火曜日):テレビを外し、配線つなぎ換え(スピーカをPCに。リンクシアターをキャプチャーに接続)
△:テレビは外したけれど、配線つなぎ換えはできず。配線つなぎ換えの前にアレをこっちに動かしてコレをこっちに動かして、なんて事をやらなくてはならなくて、その工程が予定に入っておらず。読みが甘かった。時間がないとできないですね。


17日(水曜日):家中の缶、ビン、ペットボトルを廃棄する。(木曜朝が資源ゴミ回収)
○:コメントなし。


18日(木曜日):洋服をゴミ袋1袋分捨てる。(金曜朝が可燃ゴミ回収)
○:洋服はまだまだ捨てられそう。体は一つしかないので服がたくさんあっても着られない。


19日(金曜日):某DVDをアマゾンのユーズドに出品する。

○:出品自体は体を動かして作業するわけでないので簡単ですね。ブックオフの下取りでは考えられない高めの値段で出しておいたにも関わらず売れました。ちなみに、DVDに関して所有欲を刺激されるわけではないのでレンタルでコト足りるのですがマイナーで借りられない物だったので買いました。しかし、中身はまったくダメな感じだったのでさっさと売り。早く売れば売るほど高い値段がつきそうです。


20日(土曜日):リブレットをメモリ換装する。
×:作業時に精密ドライバーが必要なのですが、事前に100円ショップで仕入れたのは使えませんでした。どこかにあったと思うので整理整頓を兼ねて発掘作業をせねば。


21日(日曜日):ポータブルMP3プレイヤーに英語学習ファイルをセットして通勤時にいつでも聴ける体制を整える。
○:コメントなし。


22日(月曜日):一週間後に実行の有無判定とレビューを、このブログに書く。
○:今書いています。


レビュー
まずは有言実行の効用があったかどうかですが、マイナーブログに書いたくらいでは有言にはならないですね。
前エントリでは、周囲に影響を与えるくらい発言を有言と定義していたので周囲とのタイミングなどもあり自分の決意一つでと言ったわけには行かないものです。それはそれで課題として、有言できる機会を伺う事とします。


作業自体に関しては、やると決めてやればいいのですから整理がついていいです。
曜日ごとに「明らかに出来る事」で「出来たかどうか判定可能な事」を割り振ってこなして行くこと自体は有効だと感じました。
普段、何かする時には「その時、頭でやるべき事を考えて実行する」のですが、「緊急」が優先されて「重要さ」「時間」などの整理が不十分になりがちです。結果、「緊急ではないけれど重要な事項」や「緊急ではないけれどいつかはやらなければならない事項」が積み残されていきます。
これを防ぐには「緊急であり重要ではない案件」をスルーして「緊急ではないけれど重要な案件」を優先することです。
# 「フランクリンプランナー」関連書籍にも同様の事が書いてあるのですが、それは別エントリにて。

「リブレットをメモリ換装する。」や「DVDをアマゾンのユーズドに出品する。」は緊急事項ではないので、あえて書かなければ後回しになっていたことです。これが実行できたり、実行しようとした事によって問題点が発見されたことはなかなかの成果だったと思います。
一週間というスパンもいいです(何回も見直さなくても、何をするのか忘れない。)し、しばらく別途続けてみようと思います。
# このブログでやると見辛くなりますし、携帯から手軽に見られたほうが便利そうなので、他で別途という事で。方法論などに発見があった場合などは改めてエントリするということで。

セイバーマトリクス

最近、色々と鷲掴みなディスティニーですが、
議長がアスランの復隊を促すために話した
「君に出来ること、君が望むこと、それは君自身が一番良く知っているはずだ」
という台詞が心に残っています。


これに関しては、それが使われた状況、その後の展開などを含めて一連の流れはあるのですが、この言葉だけを分解してみると
「君に出来ること、君が望むこと」→「君自身が一番良く知っている」
となります。実はここに大きな誘導があると思うのです。


実は「君に出来ること、君が望むこと」について当事者が持ち得る情報というのは事実のほんの一部分でしかなく
それを「それは君自身が一番良く知っているはずだ」と言い切って誘導していきます。
(平たく言うと「だから答えはもう出てるでしょう。」ってことですね。「知っている」と言うのは、まさに思考停止でしょうね。「知っているんだから考えたり選んだりじゃないよ」と。)ああ、なんかちょっと哲学。


実際に「君が望むこと」を得るためには自分という人間の価値観や特性を深層から良く考えて予測を立て
それを実現する為に動いてみて、その経験から検討し修正するという繰り返しを行いつつ誤差の範囲内で得ていく物ではないかと思います。
そして最終的には「知っていること」ではなく「そうだと決めること」だと思います。

# 過去に模索した経験が時間経て得られることもあるでしょうから、

# その場合は「思い出す」事もあるかもしれませんね。
# しかし、それさえも不確定事項なので思い出した時から、その真偽を模索しなければならないでしょう。
# 「思い出せ!シン!お前は、本当は、何が欲しかったんだ!?」


だからこそ「何であれ、選ぶのはあなたですわ」のラクス発言が議長の言葉との近似値を取りながらもより深く後に来るわけです。

以上、前置き。


心に残っているのは前半の「君に出来ること、君が望むこと、」です。
この二つの事は同じであることもあれば違うこともあります。


-----------------------------
|         | (出来る事) |非(出来る事) |
-----------------------------
| (望む事)  |  A群     |  B群    |
-----------------------------
| 非(望む事) |   C群    |  D群    |
-----------------------------

こんな感じですね。

あえて「出来ない事」と書かずに「非(出来る事)」と書いたのは
「出来る事以外のすべて」という意味です。
「非(望む事)」も「望まない事」ではなく「望む事以外のすべて」という意味です。


もちろん大切なのはA群を実行実現する事です。
次に大切なのはB群にある事項をA群に移動させる事で
移動させるだけではなく当然A群に移ったら、当初からA群にあったものと同じように処理するべきでしょう。
この二つが完遂されれば、望む事は出来る事で全部完遂となります。


そう考えた時に「君に出来ること、君が望むこと、」という言葉が心に残ります。
(既に議長の発言とは無関係な話になっていますが。)

A群をやっているかどうか、「出来ることで、望むことを、やっているか?」と。

私の例で言えば、やっていたりいなかったりですね。
自分だけでなく他の人などを客観的に見ても、人間というのは「B群」と「C群」が好きなのではないかと思ってしまいます。
「出来ない事(出来るかどうか解らない事)をあえてやる」のと「特に望む事ではないけれど、できるのでやる。」のが好きなのではないかと。


「君に出来ること、君が望むこと、」と唱えて
A群を行い、B群をB群のままやってできなかったと言わずにA群に移してから行う。
「それこそが何より本当に難しいのだよ…。」
などと言わずに実行する方向で。

8月12日覚書

・問題は、あっちのガンダムに乗るかこっちのガンダムに乗るかであるが、そもそもガンダムを選ぶ立場にないねえ。

・ガンダムは親か彼女に貰うもんだ。地下に隠してあるくらい行って欲しいけど。

・ガンダムに乗れば解決する。

・厄年までが勝負。ただ、厄年から「動かない」ためには厄年の3年前くらいには大枠を完成させて試運転と微調整期間を3年位設けたい。

・やはりバカは相手にしないのが正しい。そもそも種族が違う疑いすら出てきた。

・水飲もう。飲んでいこう。でも酒は飲み過ぎには気を付けよう。

有言実行の効用

何かを実行するにあたって、起動装置としての「言葉で言ってしまう(やると宣言してしまう)」というのは有効な手段の1つであろう。


「言葉を発するというのは、既に実行の一部だと思うよ。そうすることでなにが変わるかと言えば、周囲が変わるんだよ。『こうするつもりだ』『こうしていきたい』というあなたの意思を周囲が感じ取ることでまわりに影響を与えていくんだ。少なくともそれはあなたの意思が周囲に伝わっているということだし、あなた自信へのプレッシャーになる。その上で実行しなかった、できなかったというのは結果論でしかない。人をね、結果だけで判断しては二流ですよ」(港区赤坂四畳半社長ブログ より引用)


いろいろと効用もあるかもしれないので、有言実行に関する実験をしてみる。

今回は言葉の効用(言霊とか言葉に出してみた事による効果)ではなくて、あくまで「宣言する事の効用」という方向性で考えることにします。


以下、「やろうやろうと思って未だにやっていない事で実行判定可能な具体的事項」を一週間に割り当ててみました。(個人的事項で解りにくいうえに大した事ないですが。)



15日(月曜日):生活ゴミ以外にムリにでも燃えるゴミ一袋分を廃棄する。(火曜朝が可燃ゴミ回収)

16日(火曜日):テレビを外し、配線つなぎ換え(スピーカをPCに。リンクシアターをキャプチャーに接続)

17日(水曜日):家中の缶、ビン、ペットボトルを廃棄する。(木曜朝が資源ゴミ回収)

18日(木曜日):洋服をゴミ袋1袋分捨てる。(金曜朝が可燃ゴミ回収)

19日(金曜日):某DVDをアマゾンのユーズドに出品する。

20日(土曜日):リブレットをメモリ換装する。

21日(日曜日):ポータブルMP3プレイヤーに英語学習ファイルをセットして通勤時にいつでも聴ける体制を整える。

22日(月曜日):一週間後に実行の有無判定とレビューを、このブログに書く。


ブログに書いたことが有言になるかも疑問などころですが、何か得られるところがあればいいかと。

サブタイトル覚書1

2005/08/13変更のサブタイトル

「日々の疑問を解き明かすべく更新しだいわけだ。できることなら、それを何とかしたいのだがね私も…、だが、それこそが何より本当に難しいのだよ…。」

住に関する件(書きかけ)

今住んでいる部屋を追い出されるわけではないのですが、部屋のあまりの狭さに引越しを視野に入れて行動してみました。

コレなかなか上手くいかないものです。


8~9万くらいの家賃では人間らしい暮らしは無理な気がしてきました。
(と言うか、これだけ出しても無理なのか…って感じです。)
何件かは見に行ったのですが、どれもこれもココに人が住むのか?
と思うような悲しみだけが広がって……。


ただ貸す側の意識とコストを考えると「こんなものか」とも思えるわけで。
# 自分が住むわけじゃないからね(- -;


ただ、こういう事を感じる機会がないと普段は食べるのに困らない生活をしているので「持っていない者」であるというのを忘れますね。あえて言おう「ウチは中流だから」なんて勘違いであると!

お金だけが問題かというと、そういう事でもなくてお金があれば手っ取り早く解決できるというだけですが。。。
「お金があれば何でもできる!」(- -;


「住」だけの問題にせずに生活自体を未来を含めて包括的に設計できれば、それに適応する「住」を手に入れるコストは下がると思うのです。

ただ、未来はどうなるか解らないし、今後も自由にハンドルをきれることこそが、我々(←あえて我々と書く。)が真に求めているところではなかろうか。

……何も解決していないので、今後の思考テーマということで。

無理じゃないことを探す

自分が「無理だな」と思うことは、他の人も「無理だな」と思っている。

その中で無理じゃないことを探す。


一番初めに既成概念を壊す。