「知性の本質は言語ではなく、世界の構造的理解にある」AIの世界的権威、ヤン・ルカンはそう言い切る。ルカンの定義するVisual Thinking、空間的直観、因果的推論、抽象構造の幾何学的把握、この能力を持つ人間が、各学年に1%程度存在している可能性がある。しかし日本の教育は、LLMのように、言語で知性を理解しようとするものだ。図で考える生徒は「式を書け」と叱られる。直観で本質を掴む子どもは「論理的でない」と評価される。Visual Thinkingの能力は、日本の教室では幼稚さの証拠として扱われる。
アインシュタインもファインマンも、本質的にVisual Thinkerだった。アインシュタインは「光の波に乗ったら鏡に何が映るか」という視覚的思考実験から特殊相対性理論を導いた。ファインマンは量子電磁力学の複雑な相互作用を、ファインマン・ダイアグラム、として視覚化した。数式が先にあったのではない。見えていたものを、後から数式で表現したのだ。
米国では、ファインマン以降、Visual Thinkingこそが物理・数学の深い理解の核心だという認識が、大学教育の主流になっている。米国の大学物理の教科書は、数式より先に視覚的直観を置く。場の概念を図で示してから方程式を導く。ファインマン講義が切り開いたこのアプローチ、数学的操作より物理的直観を優先する、は、現在の米国大学教育に広く浸透している。
日本では定義があり、数式があり、例題がある。図は「理解の補助」に過ぎない。米国では直観があり、図があり、数式はその圧縮された表現として最後に登場する。Visual Thinkerにとって、米国の大学の教室は、初めて「自分の思考法が正しかった」と気づける場所だ。例えばOlin College、Harvey Mudd、Caltech、MIT、Stanford、Carnegie Mellon、Georgia Institute of Technology
などだ。
各学年に1%程度存在するVisual Thinkerは、アメリカの大学に行くべきなのだ。日本の教育が「幼稚」と切り捨ててきたその能力こそが、ルカンが次世代AIのために必要だと言う能力であり、アインシュタインとファインマンが世界を変えるために使った能力だ。
① Feynman Lectures on Physics(Caltech)
ファインマンは数式を操作するだけでは満足せず、数学の背後にある物理的プロセスを視覚化することを主張した。このmental imagingは比喩的なものではなく、実際的・構造的であり、彼の理解の中核にあった。
② Electricity and Magnetism / Edward Purcell(Harvard、ノーベル賞受賞者)
非常に巧妙な直観的モデルを使い、その後に数学が登場する——自然で歓迎される形で。際立った例として、誘電体球の分極の扱いがある。物理の大半が一枚の図から導かれる。
③ An Introduction to Mechanics / Kleppner & Kolenkow(MIT)
概念的・数学的直観を育てることに優れている。600以上の図が、物理問題へのアプローチ方法を示している。