日本の偏差値の高い私立文系学部卒の就職の現実とはどのようなものだろうか?
偏差値の高い私立文系学部のブランドは本当に機能しているのだろうか?それともそれは幻想なのだろうか?
私は幻想だと考えている。実際はブランドは現実を覆い隠すための手段に過ぎない。特に大企業においては、である。現実は、コネ入社を隠蔽するためのベール、に過ぎない。
偏差値の高い私立文系学部の学歴は、能力の証明として機能しているのではない。権力者のコネ採用を、社員に納得させるための社会的装置として機能している。
大企業の社長、政治家、官僚、地方自治体のトップ、彼らが一声かければ己の息子、娘の採用は決まる。しかしそのためには条件がある。その企業の社員が疑問を呈さない学歴が必要だ。偏差値が高い私立大学の学歴なら誰も異議を唱えない。コネなしで大企業に入社した者、即ち、一般サラリーマン、自営業者の子女なども確かに存在する。しかし彼らは、この制度が公正であるように見せるためのカムフラージュに過ぎない。
この事実を知らないまま、来る日も来る日も、エントリーシートを数十社に提出し続ける偏差値の高い私立大学文系学部の学生が、毎年数千人、数万人存在する。彼らは制度を疑わない。疑う術を教えられていないからだ。
ここに一つの逆説がある。コネ入社が可能な学生は、決してアメリカの大学に行かない。行く必要がないからだ。それどころか、行けば却って不利になる。偏差値の高い私立大卒という通行証を失ってしまうからだ。
ところが、コネのない学生までもが、「アメリカの大学に行くと不利になる」と思い込まされている。その思い込みこそが、この構造を守る最後の防壁である。実に滑稽な話だ。
では、コネがなく、かつ優秀な高校生はどうすべきか。
答えは明確だ。アメリカの大学に進学し、大学院でSTEM分野のPh.D.を取得し、アメリカ企業で職を得る。これが、現在の世界において、実力が最も正当に評価されやすいルートである。勿論、誰もが成功するなんていう保証はない。では日本の偏差値の高い私立大学の文系学部に入れば、必ず成功する保証があると言うのか?
蛇足だが、「日本でSTEMの修士を取り、大企業に就職すれば安泰ではないか」と言う者がいる。確かに短期的には安心・安全な環境で、終身雇用に護られた一生を送ることができる。しかしその前提が、2030年前後に崩壊する。AGIと物理AIがあらゆる産業を垂直統合するとき、護ってきた制度ごと消滅する。安泰とは、檻の中の安泰だった——そのことに気づいたときには、もう遅い。
変化の波に飲み込まれる側に立つか。変化を起こす側に立つか。その選択は、大学を選ぶ時点で、すでに始まっている。