東大、京大、早稲田理工などの日本のトップ大学の入試の英語ができてもアメリカのトップレベルの大学7校に応募すらできないようなレベルの高校生はこれから先の時代には使いものにはならないだろう。
英語で発信されているアメリカの大学の情報を理解できる英語力がないことに加えて受験勉強で心身が疲れ切っているのだ。
グローバルな視点でものが見れない。未知のことには怖くて手を出せない。アプアップの状態で何もできない。アジア、アフリカ、インドの諸外国のエリートと戦う気力も体力がない。何もないのだ。
もし、そうだとしたら、その「ツケ」は10年後、20年後、日本国家の衰退、没落となって我が身に降りかかってくるだろう。
Harvard
Yale
Princeton
Dartmouth
MIT
Amherst
Bowdoin
以上7大学は貧富に関わらず世界中の誰でもが「自由に」「気軽に」応募できるのである。この日本からだってできる。もっとも合格率は非常に低い。家が貧しい、あるいは裕福とまでは言えない高校生なら、冒険はできないのは理解できる。
日本の高校生は「内向きだ」と批判されているが、本来、その批判の矛先は「裕福な家庭の親、高校生」に向けられるべきものなのだ。日本の富裕層が「内向き」なのだ。
家庭が裕福な高校生の場合、ネット上に飛び交う、東大が不合格だったら日本の〜大学がいい、というような泥臭く、古臭い、カビの生えたような、田舎者の与太話、に巻き込まれてはならない。顔を上にあげて深呼吸しろ。そして海の向こうのアメリカの大学に目を向けろ。英検なんぞ受験するな。日本の大学の入試など放り出せ。