yasuの遺跡探索紀行〜少しだけ歴史をかじる〜 -2ページ目

yasuの遺跡探索紀行〜少しだけ歴史をかじる〜

インスピレーション重視の遺跡探索紀行です。

加賀(かがのくに)」探索足

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加賀国とは、律令制に基づいて設置された律令国の1つ日本

これで4ヶ国目筋肉

加賀国は、律令国の中でも1番最後に誕生した国(823年)。

誕生するに至った経緯としては、越前国府より遠く往還が不便な事や郡司や郷長が横暴を起こしても管理抑止できず、難治であったため。

●このような流れ
越国
越前国、越中国、越後国
能登国(718年)、加賀国(823年)

図解↓

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今回は、「国府」が所在していた推定地を探索してきましたグラサン

金沢駅から車を借りて遺跡探索スタートあしあと

車を40分位走らせて小松市へ車

道を間違えてしまい、迷い込んだところに……ランニング

奇跡的な案内板が↓

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探索スポット①「河田山古墳群

史跡資料館に入ると

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凄〜い!!

資料館に石室が展示されてましたポーン

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留守番をしていたお爺ちゃんが親切に応対してくれて、ほっこり照れ

話が長くなりそうなので、古墳公園にウインク

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河田山12号墳

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国内では例を見ない天井がアーチ型の古墳富士山
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詳しい事はこちらを↓

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この地(国府台)を跡にし、いよいよ国府の推定地へ競馬

山のような森のような異様な風景が

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探索スポット②
加賀国惣社 石部神社

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惣社と国府中心部は近接する例が多い神社

「白山記」には、府南社が惣社であると記されており、「フナンヤマ」に鎮座する石部神社が推定地と考えられています日本国旗

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境内に入ると全くの別世界を歩いているようで

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とても良い時間でした流れ星

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やはり行ってみないとこの体感は、わかりませんよねウインク

【遺跡探索情報】
フィールド:石川県小松市
スポット:2
タイム:240分
スタイル:walk、car

【遺跡探索歴】
●関西四方山話ツアー 約10年
●律令国68ヶ国巡り(4ヶ国)

●鎌倉ゆかりの地探訪 約5年
①鎌倉三十三観音巡り
②鎌倉七太子巡り

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武蔵国(むさしのくに)」探索足

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武蔵国とは、律令制に基づいて設置された律令国の1つ日本

これで3ヶ国目競馬

武蔵は、鎌倉幕府誕生へ大きな力となったゆかりの深い場所雛人形

彼らなくして鎌倉幕府は生まれなかったと言っても過言ではないカブト

(武蔵七党)

西国分寺駅」から探索スタートランニング

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早速、お洒落ネームが……口笛

史跡通りジンジャーブレッドマン

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町の皆さんが遺跡を大切にしようという思いが伝わってきますラブ

武蔵国分寺は、新田義貞北條泰家との戦いで焼失されました炎
(分倍河原の戦い)

継承寺は存在します卒業証書

詳しくはこちら↓

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遺跡マニアの心をくすぐるベンチ↓

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wark

泉町という町名は「伊豆国探索」にもあったガーン

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伊豆国探索↓

国分寺と何か関係があるのでしょうかグラサン

突如、目の前に現れましたやしの木

探索スポット①「武蔵台遺跡公園骨

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ここは「武蔵台東遺跡」といい

4,000年前の生活の痕跡が多数発掘されていますポーン

いわゆる縄文時代

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池ちゃんに見せてあげたいトナカイ

ここでミニライブやってほしいマイクドラムギター

柄鏡形敷石住居跡月見

こんな炉のあるカフェを営みたいおせち

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持って帰りたい↓

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旧鎌倉街道 へサーフィン

wark

おやっ……

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なんかありそうと第六感が反応滝汗

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探索スポット②「武蔵国分尼寺跡
(史跡)
(国分寺市立歴史公園)

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歴史公園ってもっと増えてほしーなチュー

尼坊跡

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掘立柱建物跡
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出土した礎石スライム
(1番重たいのは700キロあるとか)
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金堂跡

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幢竿跡

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中門跡

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この時点でお腹いっぱいという位に満たされ

よしっ、国分寺へというところで競馬

突然の雷雨ガーンアセアセ
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触れてはいけないものに触れてしまったのかなチーン

国分寺は次回として退散しましたくるくる

つづくキョロキョロ

【遺跡探索情報】
フィールド:東京都国分寺市
スポット:2
タイム:120分
スタイル:walk

【遺跡探索歴】
●関西四方山話ツアー 約10年
●律令国68ヶ国巡り(3ヶ国)

●鎌倉ゆかりの地探訪 約5年
①鎌倉三十三観音巡り
②鎌倉七太子巡り

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伊豆国(いずのくに)」探索足

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伊豆国とは、律令制に基づいて設置された律令国の1つ雛人形

●律令国巡りをするきっかけとなった旅↓

今回で2ヶ国目日本

まだ駆け出し口笛

伊豆国の領域は、伊豆半島全域から伊豆諸島にまでいたりますやしの木波

国府は、三嶋大社の近くにあったと推測されていますが、国府跡は、発掘されていませんチーン

伊豆国で、歴史上ゆかりのある人物としては、源頼朝が挙げられますカブト

平治の乱」で敗れた源頼朝は、
14歳で蛭ヶ小島(現在の伊豆の国市)に流刑となりましたサーフィン

やがて、この地で挙兵日本国旗

鎌倉幕府を開くまでに成功しました神社

この地には、計り知れないパワーを感じます。

その伊豆国の「国分寺」を探索してきました。

三島広小路駅」から探索スタートランニング

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早速、路地へ……あしあと

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伊豆箱根鉄道

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狭い建物の間を通り抜ける感じやレトロな小さな車両がとてもいい新幹線

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入り組んだ小道は大好物競馬

金魚と亀↓

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探索スポット①「伊豆国分寺

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境内↓

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本堂の裏へ回ると

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伊豆国分寺塔跡
(史跡)

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かつて国分寺は、泉町、広小路北方の一帯に建てられていた。

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講堂金堂の跡はなく、現在確認できる遺跡は、この礎石のみポーン

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高さ60mもある「七重の塔」があったと推定されている学校

詳しくは↓

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国分寺を後にして

三嶋大社蛭ヶ小島へは寄らず

日本最長の大吊橋
三島スカイウォーク」へ富士山

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全長400mガーン

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歩行者専用としては日本一長い滝汗
揺れる揺れる……と思ったらずっと先で小学生の集団が揺らしていたムキー

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高所恐怖症のため撃沈ゲロー

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伊豆国を一望するために勇気を振り絞りましたグラサン

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夜は富士山2合目でリゾートキャンプヘビ富士山

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非日常的な体験でBBQを満喫ステーキ

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次は、どこの国へ行こうかなてへぺろ

【遺跡探索情報】
フィールド:静岡県三島市
スポット:1
タイム:30分
スタイル:walk

【遺跡探索歴】
●関西四方山話ツアー 約10年
●律令国68ヶ国巡り(2ヶ国)

●鎌倉ゆかりの地探訪 約5年
①鎌倉三十三観音巡り
②鎌倉七太子巡り


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小坂エリアを探索してきました足

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観光目的で鎌倉を訪れる人達が、北鎌倉駅で降りると必ずといって鎌倉方面に進みますあしあと

しかし、北鎌倉で降りたら一度は、足を運んで欲しい、いや、二度三度訪れたくなる未知のエリアがありますグラサン

北鎌倉駅の東京方面側の出口専用ゲートを出て、ここから大船方面に向かい遺跡探索スタートランニング

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線路沿いを新幹線

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すると、奥から異様なパワーを感じる階段がガーン

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探索スポット①「小八神社(八幡神社)」
 
石清水八幡宮を勧請。
小坂郷台村の鎮守神社

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明治22年には、大船村、小袋谷村、台村、今泉村、岩瀬村、山内村を編成し、鎌倉郡小坂村となりました月見

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北鎌倉駅方面に少し戻ると

千と千尋風なトンネルがおばけ

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通り抜けると競馬

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右へ坂を

run

すると小さな細い階段が

駆け上がるとポーン

探索スポット②
鎌倉最大最古の庚申塔
(最大:136cm、最古:1665年)
(市指定有形民俗資料)


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庚申塔とは
庚申信仰により建てられた石塔。

人間の体内には、3種類の悪い虫がいて、60日に一度回ってくる庚申の日に、眠っていると天地を支配する神様にその人の悪行を告げられてしまうので、その夜は、眠らずに酒宴をするという風習がありました。平安時代から貴族の間で始まり、鎌倉時代には、武家にまで広まり、室町時代には、庶民にも信仰されるようになり、江戸時代になって特に関東では庚申塔が数多く建てられるようになりました雛人形

庚申塔は、道沿いに建てられる事が多く、道標としての役割も果たしました日本国旗

道沿いにぐるっと回るとうずまき

探索スポット③「八雲神社(山ノ内)」
山内村の鎮守絵馬

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鎌倉には4社の八雲神社があります神社
(大町、西御門、山ノ内、常磐)

振り返ると境内に滝汗

これまた、苔生した異様なオーラを放つ階段がおいで

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登るとそこには炎

探索スポット④「清明石

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安倍晴明ゆかりのスポットなのかアセアセ

漢字が違う……ゲッソリ

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元は、十王堂橋付近にあり、多聞院の所有だったらしいスライム

色々と調べてみると流れ星

鎌倉には、安倍晴明関連のスポットが幾つかあるようで星

晴明が、鎌倉を訪れていたかかどうかは定かではありませんが、鎌倉時代にも陰陽師は重用されました流れ星

陰陽師とは
律令制下において、中務省の陰陽寮に属した官職の1つ。

律令制について少しかじりたい人は↓
10巻【甲斐国〜68ヶ国巡り〜】

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更に山を登ります

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探索スポット⑤「雲頂庵
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現在は、円覚寺の塔頭
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創建当時は、臨済宗寺院の「諸山」という寺格にあたる「大崎山 長勝寺」の塔頭でした。

五山(ござん)→十刹(じゅっさつ)→諸山(しょざん)」

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この辺りは、高台で景色が良く七夕
少しだけ寺町風な景観雛人形


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円覚寺へ向かう秘密の暗黙ルートヘビ

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(内緒です)

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円覚寺の手前までお邪魔し口笛

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来た道をひたすら戻り滝汗

高野方面へひたすら笑い泣き

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道を抜け

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少し下った所に虹

探索スポット⑥「長窪の切通
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三方を山で囲まれ自然を活かした要塞都市であった鎌倉には、山を切り開いて通した古道切通し」が幾つかあります競馬
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鎌倉へ進入するためには通らねばならない道でしたチーン

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その中でも名所なのが↓
鎌倉七切通(七口)
朝比奈切通
名越切通
極楽寺切通
大仏切通
化粧坂
巨福呂坂
亀ヶ谷坂

鎌倉七口には、含まれませんが、迫力のある「釈迦堂切通」や六国見山からの「高野の切通」、手広の「谷戸坂の切通」もあります。

まだまだ隠れ切通しがあったりしてグラサン

鎌倉の古道は、古の魅力を肌で感じらるので、是非探索して欲しいです七夕

見所満載の探索でした。流れ星

【遺跡探索情報】
フィールド:鎌倉
スポット:6
タイム:120分
スタイル:jog、run、dash

【遺跡探索歴】
●関西四方山話ツアー 約10年

●鎌倉ゆかりの地探訪 約5年
①鎌倉三十三観音巡り
②鎌倉七太子巡り

【Facebookページ】
●鎌倉komichi 

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甲斐国(かいのくに)」探索日本

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甲斐国とは、律令制に基づいて設置された律令国の1つ雛人形

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探索紀行の前に、少しだけ歴史を整理。

律令制って
古代の日本が目指していた法(律令)を基にした中央集権的な政治制度。

公地公民」という土地と人民は、全て国の所有とするのが1つの特徴。

645年中大兄皇子らの「大化の改新」による政治改革から始まり、

701年、「大宝律令」の制定でほぼ完成したとみられている。

律令国って↓
古代日本の地域行政区分による区画名。
国の中は複数の「郡」に分かれ、郡の中に「郷」がある。
(平安京という都は、郡に入らない)
北海道・沖縄を除き、68ヶ国に分かれていた。

桓武天皇の時代に律令制は終焉を迎えたが、律令国の地理的区分は、明治初期の廃藩置県に至るまで1000年以上続いた。

741年聖武天皇が東大寺の大仏を中心に仏教の力で国家を護るため、

各国に「国分寺」や「国分尼寺」建立を命じ、七重塔も建てられた。

国分寺や国分尼寺は、国府という今でいう都市部に建てられ、その国のランドマーク的な役割も果たした。

その甲斐国の「国分寺」と「国分尼寺」の遺跡を探索してきましたあしあと

前日は、石和温泉郷の「春日居温泉」に宿泊炎

部屋から笛吹川の奥に広がる探索スポットを眺めながら「温泉ビール妄想」にて就寝生ビール

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翌朝6時ホテルを出発し探索スタート足

桃畑りんご

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ぶどう畑ぶどう

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がつづく景色の中

石塔と案内板を発見びっくり

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探索スポット①「護国山 国分寺
(笛吹市指定文化財)

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鐘楼門

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本堂

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薬師堂

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庫裏(くり)↓

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庭園

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以前、国分寺跡の範囲内にあったが、史跡保存整備事業のため境内全体を史跡外のこの地に移築したようです。
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探索スポット②「甲斐国分寺跡
(史跡)

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中門・回廊跡

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塔跡

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金堂跡

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講堂跡

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探索スポット③「甲斐国分尼寺跡

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金堂跡

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講堂跡

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寄り道グルメスポット「桔梗屋

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餅もちの社

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一宮浅間神社より分祀神社

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新規アイデア・商売繁盛の御利益があるようです絵馬
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桔梗信玄プリンラブ
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国土交通省観光庁後援
2015おみやげグランプリ
フード・ドリンク部門グランプリ受賞

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これを機に68ヶ国巡りをスタートする事にしましたグラサン

【遺跡探索情報】
フィールド:山梨県笛吹市
スポット:3
タイム:90分
スタイル:walk、car

【遺跡探索歴】
●関西四方山話ツアー 約10年

●鎌倉ゆかりの地探訪 約5年
①鎌倉三十三観音巡り
②鎌倉七太子巡り


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三方を山に囲まれた鎌倉の裏側に位置する「公田」エリアを探索してきました足

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いたち川沿いを川上に向かって波

run

天神橋を渡りサーフィン

上耕地橋を右折して渡りスノボ

坂を数メートル登りランニング

脇道に入り 競馬

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狭い階段をランニングランニングランニング

dash

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ガードレール沿いをあしあと

wark

案内板を発見びっくり

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探索スポット「皇女神社

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葛原親王の妃である照玉姫を祭神とする神社神社

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照玉姫は、朝廷の争いから逃れ、葛原親王と東国に下ったが、旅の最中、病に倒れ、公田で亡くなってしまったためこの地で葬られたと伝えられています↓

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葛原親王とは、平安時代の桓武天皇の第3皇子で桓武平氏の祖

桓武天皇(日本の第50代天皇)とは、

平城京から長岡京に遷都

10年後には平安京に遷都

坂上田村麻呂征夷大将軍として東国へ派遣

最澄空海を保護し、平安仏教を確立

などなど、功績を残した天皇

皇女神社のある辺りは、古くから人々が暮らし、生活の痕跡が残されていて

縄文→弥生→古墳時代と思われる土器や土師器が多数出土しています

その中でも、4500年前縄文時代の土器の一部「人面把手」が出土した↓

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「人面把手」とは、縄文土器の縁についていた人の顔型をした突起部分で、ここで発見された日本一大きいようですジンジャーブレッドマン

神奈川県立歴史博物館に所蔵されていて、後日見に行ってきましたグラサン

公田周辺には、桂台遺跡桂台北遺跡も発見されていて遺跡の宝庫ポーン

縄文人は、この把手のような顔立ちをしていたのか妄想が膨らみます口笛


【遺跡探索情報】
フィールド:横浜
スポット:1
タイム:60分
スタイル:walk、run、dash

【遺跡探索歴】
●関西四方山話ツアー 約10年

●鎌倉ゆかりの地探訪 約5年
①鎌倉三十三観音巡り
②鎌倉七太子巡り


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鎌倉郡本郷村
(1989年〜1939年の約50年間)

観光地鎌倉には属さない、観光客も歴史ファンもあまり興味関心を寄せない「鎌倉の古の痕跡」がこのエリアでは、沢山感じる事ができるグラサン

ただ……

日本史の「鎌倉時代」としての遺跡よりも

それ以外の時代の生活の痕跡の方が濃いエリアですあしあと

その中でも1938年、鎌倉郡本郷村が、改編される1年前に建設された「軍事遺跡」の痕跡を探索してきました炎

JR「本郷台」駅から探索スタート足

冒頭の「鎌倉郡本郷村」とは現在の横浜市栄区(一部)です船やしの木

本郷村の由来」の石碑があり↓
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本郷の名は、鎌倉時代末期の文書にもでてきていて

山内庄本郷」と記されています卒業証書

生活の痕跡に関しては、更に古く弥生時代古墳時代の遺跡も残っていますジンジャーブレッドマン

今回は、軍事遺跡「第一海軍燃料廠」について探ります口笛

第一海軍燃料廠とは、
大日本帝国の海軍工廠

つまり海軍直営の燃料に関する研究・実験をする軍需工場

何故このエリア出来たか……

海軍の重要拠点である横須賀港と近かったサーフィン

それだけ?滝汗

23号線」は、横須賀港から燃料廠を通り厚木飛行場へ通じる軍事用道路として建設されたトラックっぽいガーン

第一海軍燃料廠の見取図

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探索スポット①「神奈川県立地球市民神奈川プラザ」↓
(神奈川県消防学校跡地)
●板金工場・修理機械工場
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探索スポット②「柏陽高校」↓
●化学工業研究室、第1研究室、第2研究室、第4〜6研究室
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探索スポット③「南小菅ヶ谷団地」↓
●第1・第3実験室、第2・第4実験室
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↑この国有地が売却され、近々、マンションができる
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探索スポット④「神奈川県警察学校

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探索スポット⑤「横浜市立本郷中学校」
●工員養成所(④⑤)
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探索スポット⑥「横浜栄共済病院」↓
●大船海軍共済組合病院
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燃料廠(この塀の先)から大船駅まで専用鉄道も走らせていた新幹線
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本郷石橋バス停付近にあった
鎌倉郡本郷村の役場
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燃料廠時代の区画が踏襲されているので、今でも勘の鋭い人はピンとくるびっくりキラキラ

特に、この場所を見てほしいポーン
探索スポット⑦「昭和初期の村役場」↓
があった場所

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↑アメリカ風な数字の書かれたアパートがある

鎌倉街道沿いに鎌倉方面に向かって走ると左手に郵便局がある郵便局
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その路地を入った場所日本アメリカ

横須賀基地業務隊司令と書かれた看板
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鎌倉街道を挟んだ迎えには「本郷座」という演舞場もあったらしい
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あなたの知らない鎌倉がここには沢山隠れているかもしれませんグラサン

【遺跡探索情報】
フィールド:横浜
スポット:7
タイム:90分
スタイル:walk、run

【遺跡探索歴】
●関西四方山話ツアー 約10年

●鎌倉ゆかりの地探訪 約5年
①鎌倉三十三観音巡り
②鎌倉七太子巡り

●遺跡探索アスリート 1年目

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かの有名な戦国武将達が落とせなかった
天然要害の城が鎌倉にある。

玉縄城

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(小田原城の支城)

三浦半島の付け根に位置し、守りの固いやっかいな城だった

安房(千葉県)の里美実堯
越後(新潟県)の上杉謙信
甲斐(山梨県)の武田信玄

も落とせなかった城

前回は、長尾砦から本丸を攻めようとしたが、あいにく退散
長尾砦レポ↓

今回は、大船駅から探索スタート足

探索スポット①「玉縄首塚

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里美実堯が攻め込んだ際に、この付近で激しい戦闘となり、首をこの地に葬った滝汗

トンネルを抜けランニング

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緩やかな登りが続きランニング

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また、一つトンネルを抜けるとランニング

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探索スポット②「龍寳寺
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背景が草木の緑で、お寺の屋根も緑で
green好きにはたまらない
最高の癒しスポット

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玉縄城主を務めた
玉縄北条氏の供養塔

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玉縄北条氏レポ↓


国重要文化財
旧石井家住宅
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この家の中にある甲胄のオーラがヤバイ

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ここに寄ったのは玉縄城のジオラマが展示されているからグラサン

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こんな石が飛んで来たら死んでしまうから戦略を練りいて座
(つぶて石)

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いよいよ城攻め

探索スポット③「玉縄城址

小坂家長屋門

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七曲坂

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冠木門

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この登り坂、かなりしんどいガーン

太鼓櫓

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焔硝蔵

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大手門趾 
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大手門〜本丸は、清泉女学院の敷地内となっていて入れないラブ

(事前に許可を得えたら入れるのかな?)

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探索してみたものの本丸には辿り着けずえーん
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目に映るものを観光するのも良いけど、
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古の痕跡を頼りに妄想するのも楽しいと思えた遺跡探索でしたおねがい

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最後は、ボロボロになり杖を突き下山しましたあしあとチーン

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玉縄北条氏って初耳?

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鎌倉北条早雲が築いた「玉縄城址」があってカブト

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探索レポを書こうとしたら情報量が多くなり過ぎてしまい

先に「北条氏」について少し歴史をかじりたいと思います月見

北条氏とは雛人形

鎌倉幕府執権の「北条氏」と
(2巻に出てきた北条泰時とか)↓


小田原城を本拠とした「小田原北条氏
と言われる「北条氏」がいます
(前者と区別するため「後北条氏」とも言う)
(北条早雲を祖とする一族)


この早雲の次男が、「北条氏時
氏時から玉縄城主となった6代
玉縄北条氏


整理すると
①鎌倉時代の執権「北条氏」
②戦国時代の小田原城主「小田原北条氏」
③玉縄城主の「玉縄北条氏」


ざっくりこんな感じ(たぶん)てへぺろ

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北条早雲って源頼朝250年くらい後に出てきた武将カブト

250年?

僕の年からしたら江戸時代(1730年)の徳川吉宗くらいにあたる人グラサン

早雲は、元々「備中伊勢氏」で伊勢新九郎盛時と名乗っていた

(岡山県井原市出身)

「関東人向けのブランディング」のため2代当主「氏綱(長男)」から北条氏を名乗るようになったポーン

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そのため北条早雲が通例となっています流れ星

早雲、氏綱、氏康、氏政、氏直と続き
北条五代

この一族を

大河ドラマにしようと動きもあります門松

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玉縄北条氏による
玉縄城主は、「六代」
早雲、氏時(早雲の子)、為昌(氏綱の子)、綱成、氏繁、氏舜、氏勝

次巻は、誰が言ったか関東3名城といわれた玉縄城址の探索レポをアップしますのでお楽しみにランニング
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三浦半島には、88社の神社があり、唯一菅原道眞公」を主宰神として祀っているのが、ココ、「久里浜天神社」です神社

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88社というコンプリート系ワードに惹かれるおねがい

(制覇したくなる)

でも、88もあるのに一つしかないなんて菅原道眞さん、あまり人気がなかったのかなガーン

そもそも天神社って神社

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菅原道眞を祭神とする神社を「天満宮」または「天神社」といい、その道眞を「天神」として信仰する事を「天神信仰」といいます雷雷雷

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その日本三大天神といえば神社
北野天満宮(京都府)神社
太宰府天満宮(福岡県)神社
防府天満宮(山口県)神社

太宰府は、最高だったよな〜ラブ

鎌倉にも荏柄天神社がありますよねガーベラ

久里浜天神社は、江戸時代初期に、この地を流れる内川の新田開発に取り組んだ砂村新左衛門が、工事が上手くいかないため、摂州西成郡上福島村の天満宮を勧請したのが由緒とされています。

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福島村の天満宮とは、現在の福島天満宮


「あっ、牛に乗ってる」

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何で牛なのか↓

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自分の身体の悪いところと、牛の体の同じところを交互に撫でると御利益があるみたいですよびっくり
 
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三浦半島に天神社がひとつしかない理由は、今回つかめなかったけど、遺跡探索しながら追い求めてみようかな。



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