「20代を振り返るインタビュー(4)」 | 「地球探検隊」中村隊長の公式ブログ【ビタミンT】

「20代を振り返るインタビュー(4)」

   あらゆるものを失ったところ、
   何もないところに、
   同時にすべての救いがある。
       吉野仁

隊員もりくん から
「ママチャリで100人社長の20代を振り返る旅」のインタビューを受けた!

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「20代を振り返るインタビュー(1)」

「20代を振り返るインタビュー(2)」

「20代を振り返るインタビュー(3)」

◆100人社長旅◆(5人目)ありがとう」中毒。

喜んでもらう為に、記憶する。信頼を売る。
そんな考え方に至るきかっけとか影響を受けた本とかあったんですか?

本はね。全然読まなかった。
20代の頃は全然。
その時の後悔があるのかな。今は読んでるけど。
絶対に読んでおいた方がいい。人と会うのと同じくらい。
1500円位で手に入る凄いもの。
何年か分の知識なり気付きが全部入ってるわけだから。
ただ、30代になって色んな人に会うわけじゃん。
そして、ありとあらゆる本を読んで思った。
「難しい言葉は使ってないけど、全部俺がやってきてることじゃん!」って。

自然と出来てたのは凄いですよね。
多分変わらないのは、「どうやったら喜んでもらえるだろう。」っていつも自問自答していた。「自分がお客だったらどうだろうな。」ってのをやり続けていただけのような気がする。

何がきっかけでそういうことを思うようになったんでしょうか?
一番は、プライベートで離婚した後、落ち込んでて、そのあと、自分が世の中の役にたっていないなって思うようになって。そして、25歳の時に会社を辞めて、放浪の旅に出たんだけど。
その時に出会った人の言葉かな。
旅をして一ヶ月半くらいした頃にオーストリア・ウィーンで、出会った女性。
その人は、かつて自分が送り出したお客様だったのね。
その女性に言われた。

「中村さん。お仕事辞められたんですか?
たった2週間だったけど、あなたが思っている以上に人生に影響を与えるいい仕事してましたよ。
あんなに大きく泣いたり笑ったりしなかったし。
に参加する前と参加した後で、自分を好きになりました。
私が生きてきた中で、あの2週間が一番濃密な時間でした。ありがとう。」

この言葉は大きかった。
「そんなに影響のある旅を俺は紹介していたの?」って。
完全にスイッチが入ったね。

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なるほど。その言葉がなかったらどうなってたかわかんないですね。
そうだね。それまでもサンキューレターとか貰ってたんだけど、見ようとしてなかったんだろうね。
それを言われた後に、いっぱい見えるようになって、サンキューレターとかもよく読むようになって。
そこに「ありがとう」って言葉があって、「ありがとう」って貰えば貰うほど、やる気が出てきて。
「ありがとう」中毒っぽくなっていったよね(笑)
もっと「ありがとう」って言ってもらうと、もっと俺元気になるぞ!みたいな。
そんなことが続いて、ありとあらゆるところに、ありがとう。が溢れてきた。
実際に事例として溜まっていったのはハガキ。
ハガキが来て、そのあと、写真持ってきてくれて、その後、アンケートも持ってきてくれて。
リピートしてくれて。さらに友達も連れてきてくれたりして。
いい循環が生まれるようになったよね。

そんな状況、いいとわかっていてもなかなかできるもんじゃないですからね。凄いです。やはり仕事はかなり楽しかったですか?
社長に追いやられて、小さいオフィスに行ってからが本当に楽しかった(笑)
なんか不思議だよね。
不可能かも。って言われているようなことを可能にしていく。
このプロセスが好き。
絶対に自分を信じなきゃ、力なんて出ないし。
よくわかんないけど、俺ならできる!って思っちゃうよね。
それは、ありがとう。とかサンキューレターがいっぱいあって、過去に に送り出した人達がみんな味方になってくれているような感覚があるからなのかもしれない。
あとは絶対的な商品 の自信もある。
だって、送り出した人が全員、
「最高でしたよ!」「今までの旅がなんだったんだろう。って思えました!」
って言ってきてくれるんだよ!
つづく

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隊員のもりくんが、つくってくれたグルっぽ。
「地球探検隊を応援するアメブロガーの会」

もりくんも登場する「内モンゴル騎馬遠征隊(ザナドゥ)」動画
男女☆モンゴル編  

   ひどい目にあってもいい人なんている?
   いや、だれもいない。
   ひどい目にあっていい人間か、
   そうじゃないかなんてことは関係なく、
   いろんなことが起こるんだ。

   
「青空のむこう」 アレックス・シアラー