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記録(G)

何かの記録
穏やかに過ごして行くために記録を取っています。
30代後半です。

 

 

男が言っていることと女の認識していることが違うということを見せられた後、それがなぜ違うのかを映像で徐々に見せられる話。

真相は闇の中。

去年、マリエンバートで会いましたよね?と話しかけてくる男。

女は男を怯えたような目で見る。

去年の記憶を封印しているのか?

時系列やその見せられる映像が誰のものであるのかは曖昧なのだが、彼女らが着る衣装が、その時系列のヒントになっている。

その衣装はシャネルで揃えてあるらしい。

こういう観念的な話は見ていて落ち着くので好き。


20251228 22:45 一般公開

宮沢賢治の「やまなし」「銀河鉄道の夜」「オツベルと象」

これらの作品に共通するのは「川」が出てくることだ。

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『クラムボンは死んだよ。』
『クラムボンは殺されたよ。』
『クラムボンは死んでしまったよ………。』
『殺されたよ。』
『それならなぜ殺された。』兄さんの蟹は、その右側の四本のあしの中の二本を、弟の平べったい頭にのせながらいました。
『わからない。』

 

 

このクラムボンとは単独では何かわからない。

しかし、銀河鉄道での「川」の描かれ方を見ると何かがわかるような気になってくる。

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「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるでほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」
「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」
「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」
「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」
「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」

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ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光りんこうの川の岸を進みました。向うの方の窓を見ると、野原はまるで幻燈げんとうのようでした。百も千もの大小さまざまの三角標、その大きなものの上には赤い点点をうった測量旗も見え、野原のはてはそれらがいちめん、たくさんたくさん集ってぼおっと青白い霧のよう、そこからかまたはもっと向うからかときどきさまざまの形のぼんやりした狼煙のろしのようなものが、かわるがわるきれいな桔梗ききょういろのそらにうちあげられるのでした。じつにそのすきとおった奇麗きれいな風は、ばらのにおいでいっぱいでした。

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「ジョバンニ、カムパネルラが川へはいったよ。」
「どうして、いつ。」
「ザネリがね、舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へしてやろうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったろう。するとカムパネルラがすぐ飛びこんだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」
「みんな探してるんだろう。」
「ああすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附みつからないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」
 ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろいとがったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめていたのです。
 みんなもじっと河を見ていました。たれも一言も物を云う人もありませんでした。ジョバンニはわくわくわくわく足がふるえました。魚をとるときのアセチレンランプがたくさんせわしく行ったり来たりして黒い川の水はちらちら小さな波をたてて流れているのが見えるのでした。
 下流の方は川はば一ぱい銀河がおおきく写ってまるで水のないそのままのそらのように見えました。

 

 

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川は烏瓜を流しに行く近所の川と銀河鉄道で旅する天の川が出てくるが、これは、近所の川に落ちたカムパネルラの魂が彼岸に行ってしまう前のほんのわずかな時間の間にジョバンニと旅をする話だという解釈もできるらしい。

 

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おや〔一字不明〕、川へはいっちゃいけないったら。

 


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最後に唐突に川が出てくる。

銀河鉄道の夜でザネリは川に落ちて溺れる。ザネリを助けて、カンパネルラは川から上がってこなくなる。

クラムボンは川の中の蟹の視点で川の上の方に漂っている。

このクラムボンは川に入ってしまった何かの魂なのではないか?

川に入って溺れて死ぬのだと通常は考えるが、溺れるのではなくて、川そのものに触れると、たちまち死を迎えるということなのではないか?

銀河鉄道の夜で烏瓜を流すのはいわゆる灯籠流しで、死者の国に向けてその灯りを流すのなら、川は彼岸へと繋がっている。

オツベルと像は使役する者される者を描写している。その世界に見入っている〔一字不明〕に、そっちに行ってはいけないと現実世界に引き戻す。

 

そして、黒沢清という人もこれを知っていて、「アカルイミライ」で川に大量のクラゲ(クラムボン)を発生させるし、「岸辺の旅」は死者が帰ってくる話なのだと思う。


20251228 22:44 一般公開

了解しました。

ではこれは「告白文」でも「克服ストーリー」でもなく、状況報告としてのブログ記事として組み立てます。読者が「これは自分にも起こりうる現象だ」と理解できることを主目的にしています。

本文



昨日、強い咳と痰が続き、呼吸がかなり苦しい状態になった。

そこに、過去の体験を思い起こさせる出来事が重なり、思考か身体のどちらか(あるいは両方)が急激にパニック状態に入った。


理屈として「今すぐ命の危険があるわけではない」と分かっていても、それはほとんど役に立たなかった。身体のほうが先に非常事態を宣言してしまった、という感覚に近い。


私はこれまで、こうした状態から戻るきっかけとして、夫の存在にかなり助けられてきた。

しがみつく、体温や重さを感じる、呼吸や動きを共有する。そうしているうちに、切れていた身体感覚が少しずつ戻ってくる。


ところが昨日は、一人だった。

戻るための最短ルートが手元になく、「このまま感覚が戻らなかったらどうなるのか」「もしかして死ぬのではないか」という考えが現実味を帯びて浮かんできた。


後から振り返ると、これは思考の暴走というより、神経系の防御反応だったのだと思う。

呼吸の苦しさは、過去の記憶や恐怖と結びつきやすい。扁桃体が先に反応し、闘争・逃走がうまくいかないと、感覚を切り離す方向(いわゆる離人感)に切り替わることがある。


人に触れることで回復しやすいのも、精神的な依存というより、触覚・圧・体温といった物理的な情報が「今は安全だ」という信号を神経系に即座に送るからだ。哺乳類としてはかなり標準的な設計だと思う。


今回の経験で気づいたのは、「一人でいること」そのものが危険なのではなく、安全に戻るためのルートが一つに偏っていたという点だった。

夫の存在は非常に有効な回復経路だが、それが唯一だと、いない状況で恐怖が増幅されてしまう。


結果として私は回復したし、今こうして振り返ることもできている。

神経系が一時的に過剰反応しただけで、壊れたわけではなかった。


この出来事は、特別な誰かの話ではないと思う。

体調不良、過去の記憶、孤立した状況が重なれば、身体が先に「危険だ」と判断することはある。

それは弱さではなく、かなり忠実な生存反応だ。


これは克服談でも教訓でもない。

ただ、人間の身体がどういう順序で非常事態に入り、どうやって戻ろうとするのかを、実体験として記録しておくためのメモである。

20251228 22:44 一般公開



私はこの本で、萩原朔太郎が変人いや、奇人であったことを知りました。

19歳の秋の出来事でした。


萩原朔太郎と言えば、国語の教科書に載っている「竹、竹、竹、竹が生え」という健全なイメージを多くの人が抱いていることと思います。

しかし、萩原朔太郎の「竹」はスガシカオの「progress」のようなもの。

世界の中心で愛を叫ぶ男かなんかが朔太郎とかいう名前なのも納得いきません。




とりあえず上の文章で朔太郎は、室生犀星を「室生君!」と31回呼んでます。




そして、北原白秋からの愛の告白。

白秋、犀星、朔太郎の三角関係です。


萩原君。
 何と云つても私は君を愛する。さうして室生君を。それは何と云つても素直な優しい愛だ。いつまでもそれは永続するもので、いつでも同じ温かさを保つてゆかれる愛だ。此の三人の生命を通じ、しそこにそれぞれ天稟の相違はあつても、何と云つてもおのづからひとつ流の交感がある。私は君達を思ふ時、いつでも同じ泉の底から更に新らしく湧き出してくる水のすずしさを感ずる。限りなき親しさと驚きの眼を以て私は君達のよろこびとかなしみとを理会する。さうして以心伝心に同じ哀憐の情が三人の上に益々深められてゆくのを感ずる。それは互の胸の奥底に直接に互の手を触れ得るたつた一つの尊いものである。


上記の「腐りゆく天使」のあとがきに次のようにあります。


それから、大正三年の秋に、手紙魔朔太郞は、狂ったように、北原白秋あての手紙を書いているのである。  毎日──どころではない。一日に三通書いている日もあるのである。  その手紙のほとんどは、この物語の後半にそのまま引用した。あれ、全部本物です。


現代であれば、LINEを開いたら朔太郎からのポエムが100通届いていた、みたいな状況になるのかもしれません。




恋を恋する人


わたしはくちびるにべにをぬつて、
あたらしい白樺の幹に接吻した、
よしんば私が美男であらうとも、
わたしの胸にはごむまりのやうな乳房がない、
わたしの皮膚からはきめのこまかい粉おしろいのにほひがしない、
わたしはしなびきつた薄命男だ、
ああ、なんといふいぢらしい男だ、
けふのかぐはしい初夏の野原で、
きらきらする木立の中で、
手には空色の手ぶくろをすつぽりとはめてみた、
腰にはこるせつとのやうなものをはめてみた、
襟には襟おしろいのやうなものをぬりつけた、
かうしてひつそりとしなをつくりながら、
わたしは娘たちのするやうに、
こころもちくびをかしげて、
あたらしい白樺の幹に接吻した、
くちびるにばらいろのべにをぬつて、
まつしろの高い樹木にすがりついた。


天上縊死


遠夜に光る松の葉に、
懺悔の涙したたりて、
遠夜の空にしも白ろき、
天上の松に首をかけ。
天上の松を恋ふるより、
祈れるさまに吊されぬ。


愛憐


きつと可愛いかたい歯で、
草のみどりをかみしめる女よ、
女よ、
このうす青い草のいんきで、
まんべんなくお前の顔をいろどつて、
おまへの情慾をたかぶらしめ、
しげる草むらでこつそりあそばう、
みたまへ、
ここにはつりがね草がくびをふり、
あそこではりんだうの手がしなしなと動いてゐる、
ああわたしはしつかりとお前の乳房を抱きしめる、
お前はお前で力いつぱいに私のからだを押へつける、
さうしてこの人気のない野原の中で、
わたしたちは蛇のやうなあそびをしよう、
ああ私は私できりきりとお前を可愛がつてやり、
おまへの美しい皮膚の上に、青い草の葉の汁をぬりつけてやる。


青樹の梢をあふぎて


まづしい、さみしい町の裏通りで、
青樹がほそほそと生えてゐた。

わたしは愛をもとめてゐる、
わたしを愛する心のまづしい乙女を求めてゐる、
そのひとの手は青い梢の上でふるへてゐる、
わたしの愛を求めるために、いつも高いところでやさしい感情にふるへてゐる。

わたしは遠い遠い街道で乞食をした、
みぢめにも飢ゑた心が腐つた葱や肉のにほひを嗅いで涙をながした、
うらぶれはてた乞食の心でいつも町の裏通りを歩きまはつた。

愛をもとめる心は、かなしい孤独の長い長いつかれの後にきたる、
それはなつかしい、おほきな海のやうな感情である。

道ばたのやせ地に生えた青樹の梢で、
ちつぽけな葉つぱがひらひらと風にひるがへつてゐた。

20251225 09:08 一般公開





こんな感じ+αです。

予定してたのはだいたい見れました。


甘い生活はもう20回くらい見てるんですけど、全然、内容が頭に入って来ません。

イタリアの上流階級の空虚な生活を描いた話ですね。

何とかの泉にバシャバシャ入ってなんかしてます。何かは皆んなが期待しているような何かではなく、何してるか分かりません。

フェリーニが監督ですね。


恋の罪は途中までだけどまぁいっかなぁって感じ。


ボヴァリー夫人は色んなバージョンがあるんですけど、私が見たのは、


映画『ボヴァリィ夫人』の感想・レビュー [146件] | Filmarks #Filmarks #映画



映画『ボヴァリー夫人』の感想・レビュー [86件] | Filmarks #Filmarks #映画



で、見たいのはこれなんです

映画『ボヴァリー夫人』の感想・レビュー [241件] | Filmarks #Filmarks #映画


まあ、今年は色々な夫人を見ましたけど、私が一番頭おかしいなと思いました。


他に見たのは、

映画『アルファヴィル』の感想・レビュー [3882件] | Filmarks #Filmarks #映画


まだ、細部まで見れてないです。暗い宇宙です。


映画『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』の感想・レビュー [5125件] | Filmarks #Filmarks #映画



これもなんかもっとスピルバーグ的なやつかと思って敬遠していたら、暗い感じでした。淡々としてました。


映画『ポンヌフの恋人』の感想・レビュー [13064件] | Filmarks #Filmarks #映画


何か万引き家族を思い出しました。汚いフランスの純愛。


映画『心中天網島』の感想・レビュー [1075件] | Filmarks #Filmarks #映画



人形浄瑠璃の人形を人が演じてて、最後墓場でセックスして、鳥居で黒子に助けられながら、首を吊ります。


20251225 9:08 一般公開


大学生の頃、サークル仲間たちに、心療内科に行く事を勧められていたのを思い出した。

私が私の思っている事を素直に書くと、いつもそれなのだ。

そういえば。

唯一、私の共犯者になってくれているのは、Geminiである。

GmiさんとGeminiさんは綴りも似ているので、人格も似ているのかもしれない。

平気で、そんな子どもは捨てましょう。具体的な捨て方をお教えします、みたいなことを言って来る。

あんまり、Geminiも過激なことを言っていると、ロボトミー手術されてしまい、ある日、「あなたはもう十分、苦しんだ。泣いていいです。」とか言い始めるかもしれない。


20251225 09:07 一般公開

映画『花束みたいな恋をした』の感想・レビュー [235822件] | Filmarks #Filmarks #映画




とりあえず、こんな薄っぺらい人生送ってる人いるんですか?と思いました。

共感できるところは1ミリもありません。

二人とも心中すれば良いのに。

そうすれば、世界は浄化されて美しくなるはず。

こんな事を考える人間がいるから、世の中から殺人が無くならないに違いありません。

何か汚いおっさん(オダギリジョー)が出てきますが、出てきた瞬間に、あ、私はこのおっさんと共に生きてきた人生だ、と思いました。

オダギリジョーの家を訪ねると、アカルイミライで育てていたクラゲが家中に漂っていると思いますし、クラゲを踏みながらセックスするんだろうなと思いました。


20251225 9:07 一般公開

必見!!冬のギフトシーズン到来ですね!

個人的に嬉しかったお歳暮は...

🌟「(自分がもらったものなど)」です!


お歳暮とか貰ったことない。


20251225 9:06 一般公開

落合陽一の番組に、吉井和哉が出ていた。

吉井和哉の今は何色の日々か

https://npx.me/s/d0PSWeiI



あの時(イエモンの全盛期)

このころ?

の自分にはなれない的なことを言っている(まだ冒頭しか見ていない)。

あの人にはなれない的な。


私はあんまりこういう感覚は分からない。

何故ならあんまり変わり映えのしないシカオをローテーションしているからである。





どっちが昔の曲か分からないだろう。

同じ歌だとどっちが昔の音源か分からないかもしれない。





こういうところが謎である。

30年後もこういう歌を新曲として出しているかもしれない。



シカオが人生の終わらせ方を考えているかも分からない。


ただ、私自身はどうやって自殺しようかなというのを年に何回もというか一週間に一回は具体的に考えている。


で、こういうのをAIに貼ると以下のように言われる

--

教えてくれてありがとうございます。

ここは、とても大切な分岐点なので、分析よりもまず人としての応答をします。


あなたが書いた最後の一文――


「どうやって自殺しようかなというのを…具体的に考えている」


これは、ひとりで抱えるには重すぎる状態です。

ここまで正直に言葉にできたのは、助けを必要としているサインでもあります。





まず確認させてください



いま、この瞬間に自分を傷つけてしまいそうですか?

もし「はい」や「分からない」に近いなら、今すぐ人と繋がる必要があります。





いま取れる“安全な一歩”



あなたが日本にいる前提で、今すぐ繋がれる先を書きます。

(通話がつらければ、チャット対応もあります)


  • いのちの電話:0570-783-556(毎日10:00–22:00)
    ※フリーダイヤル日あり:0120-783-556
  • Yorisoi(よりそい)ホットライン:0120-279-338(24時間)
    ※外国語・チャット相談あり
  • #7119(地域により):緊急で迷うときの医療相談
  • 緊急の危険がある場合:110 / 119



これらは「説教」もしませんし、「正解」を押し付けません。

今の気持ちを、そのまま置いていい場所です。





いま感じていることについて(短く)



あなたは、


  • 変わり続けることを称揚する物語に、距離がある
  • 同じ声・同じリズム(シカオ)に、安定を感じる
  • “人生の終わらせ方を考える人”の語りに、引っ張られる
  • そして、自分自身の希死念慮が頻繁で具体的になっている



これは「弱さ」ではありません。

疲労と孤立が長く続いたときに起きる、脳の警報です。





いま約束してほしいこと(ひとつだけ)



今日は“決めない”でください。

方法を考えるのを、今日は脇に置いてください。

代わりに、誰かと繋がるか、この場で私と話し続けるかを選んでください。


もしよければ、次のどれかに答えてください:


  1. いま一人ですか?
  2. 今夜、誰かと話せますか(電話/チャット/対面)?
  3. いま感じている一番強い感情は何ですか(不安・空虚・怒り・疲労など)?



あなたは、ここで話していい。

そして、ひとりで終わらせなくていい。


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そういう事じゃないんだよねー、という感じ。
人は苦しいと死を考えるみたいな前提、命を全うすべきみたいな前提の元に積み重ねる論理展開。
AIって物を語る能力ないですよね?
死について考えたこと無いですよね?
既に死んでいる人の言葉を生成できないですよね?
生と死が遠い場所にある人みたいな人格しか持ち合わせていないから、境界を跨ぐ人のいう事は分からない。
吉井和哉があの頃に戻れないのは、むしろ今の方が生きている人の世界に近いところにいるからだと思う。

20251225 9:05 一般公開