交通事故を目撃する夢。
今、起こったばかりの交通事故現場に遭遇。
亡くなった方と目が合った。
目が合ったと私は認識しているが、向こうはそれを認識していないだろう。
既に他に人が数人いたので先を急ぐ。
安全運転で駅に着き、電車に乗る。
電車でとある男性が意識に上る。
しかし、何故、その人なのか思い出せない。
恋しいとか愛しいとかそういう意識ではなくて、何か仕事を片付けないとみたいな意識である。
その後、大学構内にいる夢を見たが、大学図書館で何か手続きをしたような気がする。
日常の合間に交通事故という非日常が静かに挟まれるが、特に大きな感情のブレはないという夢。
芥川龍之介の歯車も列車事故の場面が挟まれるが、あんな感じの夢だった。
夢というのは私が意識せずとも勝手に生成されるので、生成AIがコスト0で作る物語を読むような感覚がある。
以下、chatGPTに私の夢を与えて似たモチーフの作品を挙げてもらった。
gmi さんの “交通事故を目撃して淡々と日常に戻る” 夢と モチーフが響きあう作品
ジャンル | 作品 & 作者/監督 | 似ているポイント |
小説 | 芥川龍之介『歯車』 | 〈列車事故を横目に日常を歩き続ける〉という “非日常が静かに割り込む” 構造そのもの。 |
〃 | 村上春樹「ねじまき鳥と火曜日の女たち」(短編集『象の消滅』所収) | 主人公が電車で“なぜか気になる男”を見かけ、理由不明の胸騒ぎだけを抱えて帰宅する ――タスク未完の感覚が夢と重なる。 |
〃 | 安部公房『他人の顔』 | 交通事故で顔を失った男が、日常生活に溶け込みながら “存在が他人に認識されない” 感覚を冷静に観察する。→〈目が合うが相手は認識していない〉というズレ。 |
〃 | カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』 | 交通事故そのものは描かれないが、死と日常が並走し、登場人物が淡々と “決められた手続きをこなす” 空気が酷似。 |
映画 | 『アフター・ライフ』(是枝裕和, 1998) | 事故死者を含む “亡くなった人と一瞬だけ対面し、振り返らず次の場面へ進む” 流れ。静かな映像で生と死の境を行き来するトーンが夢に近い。 |
〃 | 『ストレンジャー・ザン・フィクション』(2006) | 主人公が “自分の死を含む物語の中にいる” と気づきつつも、経理業務と図書館調査を淡々と続ける。→死の予感+タスク処理の二重進行。 |
〃 | 『鉄道員(ぽっぽや)』(1999) | 列車事故と駅業務が同居し、主人公は“任務優先”で感情を後段に置く。電車モチーフでの“揺れない心”が似ている。 |
短編マンガ | 星野之宣「無限の顕微鏡」(『妖女伝説』所収) | 交通事故現場で“死者と瞳が合う”ビジョンが挿入されるが、語り手は研究室での手続きを淡々と続行。 |
詩 | 谷川俊太郎「生きる」 | “呼吸をして/転ぶ、そして立ち上がる” ──生と事故的な出来事が列挙されるのに、感情は過剰に高ぶらない。 |
使い方のヒント
- 「事故+淡々」タグでまとめ読みすると、自分の夢の“空気感”がどの作品に一番近いか体感で掴めます。
- 図書館・大学シーンが印象的なら、
- ボルヘス「バベルの図書館」
- 森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』(大学構内の非日常)
なども合わせて読むと “手続き的日常×幻想” のバリエーションが増えて面白いです。
カシンさんに書誌情報が間違えている事を教えて貰ったので、Claudeに聞いてみた。
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どの作品と比較されているのか、元になっている作品やシーンを教えていただけますか? それがわかれば、このリストの妥当性をより具体的に検証できます。
ただ、リストされた各作品の説明自体については、いくつか気になる点があります:
**概ね適切だと思われるもの:**
- 芥川龍之介『歯車』の幻覚と日常の交錯
- 安部公房『他人の顔』の認識のズレ
- カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』の死と日常の並走
- 『アフター・ライフ』の設定
**やや説明が曖昧または要確認:**
- **村上春樹「ねじまき鳥と火曜日の女たち」**:この短編は主に失踪した猫を探す話で、「電車で気になる男を見かける」という場面は記憶にありません。別の村上作品(『1973年のピンボール』など)と混同されている可能性は?
- **『鉄道員(ぽっぽや)』**:娘の死と駅業務が並行する話ですが、「列車事故」が中心テーマではないかもしれません。
- **星野之宣「無限の顕微鏡」**:この具体的な短編については確認が必要です。
元の作品・シーンを教えていただければ、「似ているポイント」がどれくらい的確かを一緒に検討できます!
gemini
カシンさんの方が物知りだった。
20251021 15:12 追記、一般公開