シカオの正体は道路に出る幽霊だと思うが、浅野忠信の正体は川に出る幽霊だと思う。
川属性のある映画でその真価を発揮しているので間違いない。
川に限らず海でも良い。ただし、ビーチではない。流氷が流れてくる海である。
彼を起用する監督の一部は彼の足元に川が流れているのが見えているのだと思う。
それは幻覚ではない。
ただ、京極夏彦の短編、川赤子の主人公を演じるのは永瀬正敏である。川赤子を擬人化すると浅野忠信になる。
そういう事なのだ。
順を追って説明しよう。
ここで、オダギリジョーの上司を殴り殺して留置所へ→自殺→クラゲに魂が移行。オダギリジョーは浅野忠信の父親、藤竜也の町工場で働く。
クラゲとなって東京湾に流れ込んだ浅野忠信は海流に乗って北へ。オホーツク海で受肉し、陸上。二階堂ふみの親戚のおじさんを名乗る。親戚のおじさんじゃないことを見抜いた大塩(藤竜也)は流氷の海に落とされ闇に葬り去られる。息子と再会したので気づくのは当たり前である。藤竜也は二階堂ふみを孫の太賀と結婚させようとしていたが、息子の浅野忠信に邪魔された形。
流氷に乗って、宮沢賢治の星めぐりの歌を歌っていたはず。
深津絵里は三年間失踪していた夫が帰って来たと思っているが、それは夫ではなく、夫の姿をした浅野忠信である。クラゲと文字通り岸辺を旅していく事になる。
アカルイミライで藤竜也が経営していた町工場跡地に彷徨い込んだ旅人A。その人こそ、古舘寛治である。藤竜也の残滓が身体に入り込み、自らを町工場の経営者だと思い込む古舘寛治。死んだ浅野忠信を幻視する。藤竜也は人を殺してしまった息子を助けられなかった事を悔やんでいるため、古舘寛治はその感覚を延々と追体験していく事になる。藤竜也の孫で浅野忠信の息子の太賀まで幻視してしまう。浅野忠信に水辺に引き込まれそうになるが助かる。何故なら、町工場に迷い込んだ旅人Aに過ぎないからだ。
永瀬正敏と浅野忠信の因縁は深い。この時はたまたま箱を巡って戦っているが、電波ゆんゆんのJフォンで浅野忠信を呼び出したりしていた永瀬正敏の物語はまだ完全には解明されていない。因縁が深すぎるからである。監督達もどうそれを画面に表すかで悩んでいる。なので、この箱を巡る争いも映像化まで27年かかってしまった。
再び北の大地である。おそらく浅野忠信の魂は各地に分配されたのだろう。
旅人Aである古舘寛治は北の大地で浅野忠信の父親である。藤竜也の残留思念がついに古舘寛治の身体を乗っ取ったのだ。乗っ取られた古舘寛治は北の大地へ。久しぶりに浅野忠信に再会した藤竜也(身体は古舘寛治)は全力で息子にぶつかって行く。
そこで満足したのか浅野忠信に見守られて命を全うする藤竜也(ただし、身体は古舘寛治)。
浅野忠信が阿部定みたいな女(瀧内公美)と仲良くしているのを見て、安心して旅立った。
古舘寛治は客観的に言えば呪い殺されたという状態であるが、浅野忠信の相手が阿部定で無ければ助かっていたかもしれない。呪いとはそういうもんである。
202X年公開「川赤子」
川に放たれたクラゲである浅野忠信が川赤子として永瀬正敏に接触を試みる話。永瀬正敏の妻の雪絵が深津絵里か二階堂ふみか瀧内公美かによって永瀬正敏の運命か変わってくるだろう。そもそも何でアカルイミライが永瀬正敏じゃなくてオダギリジョーなのか?という話である。そこが永瀬正敏じゃ無かったために、浅野忠信は即座に成仏できず、結果として旅人Aである古舘寛治が呪われてしまった。そう考えると全ての辻褄が合ってしまう。古舘寛治が不憫でならない。





