20年以上前の事になる。
会社の友人と山陰に旅に行ったことがある。その時、鳥取砂丘でラクダをみた。砂丘にラクダとは、いかにも観光地っぽいなと思ったが、更に違和感を感じたのは馬が1頭いた事だ。
その馬は、よく高原や湖などの観光地にいる、観光客や子どもを乗せて歩く馬であった。でも、なぜ馬が砂丘に・・・?その時は、そんな疑問を持っただけで、その後ずっと忘れていた。
ある時、さださんの小説を読んで、その馬の事を思い出した。さださんも、鳥取砂丘の馬を見て疑問に思い、彼の過去を調べてみたのだった。実は、彼は生粋のサラブレットであった。小さい頃から周りに期待されて育ったのだろう。そして、レースに出たこともあり、競馬場のトラックを駆け抜けていたのだった。更にさださんは、この馬の為に歌も作っている。
幼い頃にはみんなに期待されて育った彼は、もしかしたらと少しは思っただろうか。
しかし、ある時不運にも怪我をしてしまい、レースに出ることが出来なくなった。普通なら、殺処分となってしまうところだったが、運の良い事に再就職先を見付けられた。それが、鳥取砂丘で観光客を乗せて歩く仕事であった。
人は、レースにでて華々しく活躍するはずだったサラブレットが、たった一度の怪我で仕事を失ってしまった事に哀れみや同情を感じるだろう。また、彼はなんて不幸だったのだろうと思うだろう。でも、ほんとに不幸だったのだろうか?本当は幸せだったのかもしれない。レースで脚光を浴びる以上に、実は幸せだったのかもしれない。本当に幸せなのか、不幸なのかは、本人にしかわからないのだ。人の幸せは、尺度で計ることはできないのだ。
生き方には色々ある、他人の幸福は計れない、という言葉が大きく心を揺さぶる。
彼は、騎手を乗せて疾走する人生より、子ども達を乗せてゆっくり歩く人生の方が、幸せだったのかもしれない。少なくとも、私なら、疾走する人生より、ゆっくり歩く人生を選択したい。
人の幸せは、他人にはわからないものである。
私は、自分の幸福をいつも感謝しつつ、妻とゆっくり歩いて行きたい。