夜汽車という言葉が死語になってしまうのではなかと案じている。
かつて、高速道路が整備されてなく、飛行機はべらぼうに高かった頃、鉄道は庶民がもっともよく選択する移動の手段だった。当時、新幹線は殆どなく、長距離の移動と言えば夜行列車、すなわち夜汽車が当たり前だった。しかし、車で長距離がたやすく移動できるようになり、飛行機の価格破壊が起こり、新幹線が青森から鹿児島まで開通した現在、夜行列車に乗るのは物好きと思われるような風潮になってしまった。
私は、何が何でも夜行列車が良いという訳ではない。私とて、出張には飛行機や新幹線を使う。しかし、旅行とは日常生活を離れて、時間を贅沢に使う事だと思っているので、できるだけ飛行機や新幹線は使わない。なぜなら、飛行機や新幹線は旅情に乏しいからだ。
夜行列車に乗っていると、隣り合った人との会話が生まれ、お互いの連帯感が生まれる。昔の「向こう三軒両隣」という様な関係である。最近は近所付き合いも煩わしいと言う人も多い。しかし、それこそが日本の昔からある「お互い様」という文化であり、世界に誇れる素晴らしい事だと思う。夜行列車は、まさにその縮図であり、色々な人生を歩んでいる人が隣り合わせている。
20年くらい昔、私と友人が男2人で寝台列車に乗ると、若いお母さんと息子さん、それにお母さんの妹さんの3人が同じ寝台に乗っていた。見送りに来た御祖父さんらしき男性が、私達に向かって、「女二人と子どもで乗ります。よろしくお願いします。」と挨拶した。僕達は、「御安心ください。」と答えた。これが、正に「お互い様」の文化である。
幼い息子さんは鉄道好きらしく、新幹線のおもちゃを大事そうに持っていた。私が、「新幹線、好き?」と聞くと、にっこりわらって頷いた。お母さんがお手洗いに行く時など、「すみませんがお願いします。」と私達に声をかけて行く。そうすれば、お母さんは安心して行けるだろう。そうでないと、駅に停まった時など、ホームに降りてしまうかもしれないし、心配でおちおちトイレにも行けないだろう。
私達は独身男二人の気ままな旅行だったが、そんな私たちが少しはお役に立てて嬉しかった。
最近の列車でも、こんなふれあいがあるのだろうか。あの時、新幹線をもって嬉々としていた少年は、もう25~6歳になっているだろう。お父さんになっているかもしれない。
彼が、幼い頃、お母さんと叔母さんと、寝台特急で旅した事を覚えているだろうか。
今でも鉄道好きで、子どもをつれて鉄道で旅してくれていたらいいと思う。
袖振り合うも他生の縁という。これも美しい日本の文化である。