ひどく肌寒い初冬。
赤く燃えるように染め上がっていた木の葉たちも、今ではその色を失い、冷たい木枯らしに晒されながらも、木々に必死にしがみついているように映る。

そんな頃、僕は東京のM市の某最大手ハンバーガーチェーンに立ち寄っていた。
 
何かよく分からないがチーズバーガーが無性に食べたくなったのだ。
 
あの安っぽいスライスチーズの下に得体の知れない肉の塊。添えられるはピクルス、玉ねぎ。ソースはシンプルにケチャップ。
まさにありきたり、ジャンキーの王道。
昨今のロハスブームへのささやかな僕なりのアンチテーゼ。
 
店内はほどほどに暖房が効いているようで寒くはなく、老若男女がガヤガヤとレジに並んでいた。
そこに吸い寄せられように僕も並んだ。2つある列の左側だ。

前方を見ると、僕の3つ前に並んでいたおばさんがオーダーをあれこれ変えたせいか、クルーのお姉さんのスマイルが少しずつ曇り出すのが分かった。
 
並ぶのって本当に面倒くさい。
 
しばらくして、僕の注文の番がきた。

「いらっしゃいませ、ご注文どうぞ!」
 
タダより高いものは存在しないのよ、と言わんばかりのスマイルを、何とか取り戻したのであろう女性クルーの少しカン高い声が僕の鼓膜に響いた。

僕は少し恥ずかしさを感じ、目を逸らしながら、
 
「チーズバーガーセット、飲み物はファンタで」

と少し震える声で答えた。すると、テンポよく

「ファンタはグレープでよろしいですか?」

とお決まりの確認の合いの手が入る。僕はそれに対して無言でコクリと頷いた。
こんな茶番な掛け合いは最近の安っぽいバラエティでもなかなか見られない。全部ファンタメロンのせいだ。
 
そんなこんなで僕はチーズバーガーセットを注文し、お金を支払って少し待った後、チーズバーガーセットを受け取った。
 
そして、背もたれのある2人用の席に座り、はやる気持ちを抑えつつチーズバーガーの包みを開包し、口に運ぼうとしたその時、
僕はチーズバーガーの本質に関わる重大な事実に気が付いてしまった。正直、自分の錯視を疑った。
 
僕の口に今運ばれんとするチーズバーガーにあのスライスチーズが入っていないのだ。それはチーズというオプションを欠いた、紛れもなくただの「ハンバーガー」であった。

「チーズバーガー」の包みに入った「ハンバーガー」。 

これはクルーが僕の哲学的素養を試しているのか?

「チーズバーガー」と言う記号を与えられながら、今、目の前で僕の認識している「ハンバーガー」。これは一体何モノなのか?

果たして、僕は記号と認識論的実在、どちらを信じればいいのだ?

いや、考えすぎだ、きっとクルーがスライスチーズを入れ忘れただけに違いない。
 
それにしても、このままクルーに交換を要求すると、何かチーズだけ先に食べておいて

「チーズ入ってないやんけ、どないしてくれまんのや姉ちゃんよ? わての童心もて遊んだ罪は重いんやでえええ」

みたいなチーズ泥棒クレーマーだと思われそうで気が引けるな。
ただ、こちらに落ち度はないわけで、換えてもらうしかないと心を決めた。

そして、どう見てもただの「ハンバーガー」にしか見えない、「チーズバーガー」を持って、僕は敢然とレジにいるクルーの元へ駆け寄った。
 
(続く)