「すみません、チーズバーガー頼んだんですけどチーズが入ってなくて。」
僕はクルーの女性に多少申し訳なさそうな体を演出しながら声をかけた。
その時、クルーの顔に何とも形容しがたい苦々しい表情が一瞬浮かんだことに気がついた。
しかし、すぐにその純真無垢なビジネススマイルを取り戻し、
「大変申し訳ございません。すぐに交換致しますので少々お待ちください。」
と優しい声で謝罪し、そそくさとキッチンの方へ去って行ってしまった。
僕は多少の恥ずかしさを感じながらも、問題なくチーズバーガーに交換してもらえることに安堵していた。
すると、レジにいる僕の前に先ほどのクルーの女性とは異なる「何か」が現れた。
僕は目を疑った。動揺や驚きを感じる余裕すらなかった。というより、一瞬何が何だか分からず、僕の網膜から脳への神経系に至るまで何もかもが完全にイカれてしまったのかと思った。
僕の目の前に現れたのは正真正銘、一本のかいわれ大根だった。
そのやたら細い薄緑の茎の先にかざられたような濃緑の小葉。もはや、それはかいわれ大根であること以外を全て否定し尽くすような、そんな姿だった。
そして、さらに驚くべきは僕に阿鼻叫喚の悲鳴をあげる暇すら与えず、かいわれ大根がベラベラと話し始めたことだった。
「この度の粗相、大変申し訳ございません。
私は当店のオーナーの吉田です。僭越ながら当店を代表して再度謝罪させて頂きたく参りました。」
店長の吉田、いや、かいわれ大根は実に流暢に謝罪の弁を述べていた。
僕はその弁を聞いて多少冷静さを取り戻し、と言いたいところだがそんな訳もなく、店内に響き渡るほどの大声で
「かいわれ大根が喋ってる!!!!」
と、ある意味期待どおりの絶叫を上げてしまった。
それに気づいて店内の客やクルーたちも驚いた様子は見せたものの、その後、すぐに何もなかったかのように食事や業務を続け始めた。
何かがおかしい。おかしすぎるどこじゃないぞ。
ここであのかいわれ大根が話してるんだぞ。何で、みんなノーリアクションなんだ?
九官鳥が人の言葉を発するだけで狂喜乱舞する人種がどうして何も反応しないんだ?
本来なら皆がゴジラが街に現れた時くらいのレベルで悲鳴を上げて逃げ去るところじゃないのか?
いや、そもそもかいわれ大根の容姿をした店長が現れた時点で宇宙人発見並みの前代未聞のスーパーファンタジーではないか? 一体、どうなっているのだ?
僕の脳は、一昔前、蓮舫によって槍玉に挙げられた、かのスパコン並みのスピードで高速回転し、思考がポケットに突っ込んでグチャグチャになったイヤホンのコードのように変態に絡み合っていた。
すると、かいわれ大根は僕の絶叫を意にも介さず、また流暢にいかにも店長らしく話し始めた。
「お客様、私のことをかいわれ大根と今おっしゃいましたが、そう見えているのはお客様だけなのです。」
僕は訳が分からず、咄嗟に、
「なぜ? なぜ僕だけあなたがかいわれ大根にみえるんですか?」
と震えた声で早口でたずねると、目の前にいるかいわれ大根はにわかに信じられないことを話し始めた。
「それはあなたが「チーズバーガー」である「ハンバーガー」という実に不条理な事象を認識なされたからです。その不条理さから比べれば、私がかいわれ大根に見えることくらい造作もないことではないですか? そして、そんなことは本当はどうでもいいことなのです。結論から申しますとあなたには世界でたった1人、地球を救う任務を請け負ってもらいます。」
僕は、マジでえげつない論理の飛躍にさらに頭が混乱し、軽くめまいを感じていた。まるで、世界がグニャグニャとゼリー状に変形し、それに自分が飲み込まれるような感覚だった。
しかし、何とか気力を振り絞り、蚊の鳴くような声で、
「いや、僕のチーズバーガーの件とあなたがかいわれ大根に見える件は関係ないでしょう。理由になっていない。それに地球を救う任務って何ですか、冗談も大概にして下さい!」
と少し怒り気味に言った。
それを聞いたかいわれ大根は、少し皮肉を含んだ笑みを浮かべ、今度はながながと少しまくし立てるように実に摩訶不思議、ドラ◯ンボールな事実を話し始めた。
「お気に触られたたようでしたら大変失礼致しました。しかし、先ほども申したとおり、あなたにとって私がかいわれ大根に見えることは本当にどうでも良いことなのです。それは認識論の問題なのですから。人はそれぞれの認知機能をとおして客観的実在を認識する。そこに乖離が生じることは当然のことなのです。
お客様がチーズバーガーをハンバーガーと認識なされたのもお客様の認知機能がそうさせたことなのかもしれないじゃないですか?
私は客観的実在は別として、あなたにとってはかいわれ大根、それ以外の人間には吉田という一人間として認識される存在、全ての実在は思弁的なのですよ。ご理解いただけたでしょうか?
さて、お客様の地球を救う任務の件ですが、
まず経緯からお話ししましょう。
実は地球にかなり大型の隕石が1ヶ月後に衝突し、それにより人類が滅亡するほどの大災害が生じる可能性があるとNASAから世界の主要国に緊急の通達があったんですよ。
そこで隕石の衝突を避ける方法をNASAと各国首脳で秘密裏に検討していたわけです。
で、結局、方法としては隕石にスペースシャトルで人を1人送りこんで強力な時限爆弾を仕込んで破壊するしかないという結論に至ったわけです。アルマゲドン的なやつですね、ハイ。
ただ、問題だったのはその任務を誰に任せるかと言うことです。何せ、爆弾の設置後、地球に帰還する予定ではありますが、何分、失敗して命を落とすリスクもありますから。
当然、NASAの宇宙飛行士たちも拒否しましてねえ。まあ、何より人権保障が叫ばれる世の中ですから、命を落とすかもしれない任務を一個人に押し付けるわけにもいきませんしねえ。
そこで、各国の首脳が考え出したのが、世界中にチェーン展開する当社のチーズバーガーの中にハンバーガーを1つだけ仕込んで、それに当たった人間にこの任務をまかせるというものだったんですねえ。実を申しますと極秘ですが、当社の製品は全て中国のとある超巨大工場で完全自動で一括生産したものを瞬間冷凍し、各国の店舗に配送しているわけです。要は、全ての店で世界中同じ製品を解凍しているだけなんです。
したがって、世界中の人々に人口分布に応じて平等にくじを引かせることができると各国首脳は考えたわけです。これなら平等原則にも反しませんから人権保障としても問題ないですしねえ。
当然、地球のためならばと当社の社長も快諾致しましてねえ。なかなかに面白いことを考えましたよねえ。
今の時代、実はスペースシャトルも自動操縦で誰でも宇宙での任務を行える状況なので、この任務は誰がやってもいいわけですしねえ。
そして、何よりチーズバーガーの包みの中がハンバーガーだという思弁的実在論に関わる認知的不条理を体験なされたお客様なら、本任務を与えられたことくらい実に大したことのない事象でしょうからねえ。
以上がお客様が地球を救うという壮大で実にヒロイックな任務をお任せになられた経緯です。
実に単純明解でしょう?
ところで、ご納得の方、頂けましたでしょうか?」
僕はかいわれ野郎のクソ長ったらしい話を聞き終わったときには目眩が絶望的に激しくなり、嘔吐を催しそうになっていた。もはや世界が底を失ってそこに意思もなく、浮遊させられている、そんな感覚だった。
そんなおかしなことをいきなり信じられるわけがないだろう。そこで、僕は何とかありったけの気力を振り絞り、激しく嘔吐しそうになりながらも、このぶっ飛んだファンタジーから逃れるための方法を模索し始めていた。
(続く)