「いや、あなたの存在自体も、これまでの話も全く信用できないですが、仮に、仮に事実であるとしても、僕にはその任務を拒否する権利があるんですよね?」
僕は少し強気な姿勢を見せるため、あえて語気を少し強めて尋ねた。
すると、吉田店長、いや、かいわれ大根は、全く態度を変えることなく、その線のような体を少し艶かしくくねらせながら淡々と答え始めた。
「結論から言うとあなたに拒否する権利はないと言うかですねえ、理由がないんですよねえ。
たしかに、国家レベルから不利益な行為を個人的に強制することは憲法や国際法にも反しますよねえ。
ただ、冷静に考えて下さいよ。この任務はあなたに不利益を強いていると言えますか?
だって、あなた一人が全世界の人たちの尊い命を救えるかもしれないんですよ。これ、とてつもなく凄いチャンスじゃないですかねえ?
当然、任務成功のあかつきにはあなたの名前は地球上に永遠に刻まれ、賛美され、世界中の民に神のごとく尊ばれることになるんですよねえ。
もう、これは、あなたを唯一神とした世界宗教すら生まれるかもしれないですよねえ。
もはや、キリスト教なんて言う邪教は一切必要なくなるでしょうねえ、あなたがまさに民をリアルに救う新しい神、現人神になるんですよ。どっかのデスノー◯とかで聞いたことあるような話ですけどねえ。
もちろん、こんな抽象的な話だけではなくて、あなたのご家族、親族は末代まで世界から十分すぎる金銭等の補償はされ続けますよねえ。
つまりあなたの一族は永遠の安定を得られるわけですよねえ。安定こそ人間の全てですもんねえ。
これでも、この任務はあなたに個人的な不利益を強いていると言えますか?
言えませんよねえ。どう考えてもねえ。
したがって、あなたにはこの任務を拒否する合理的理由がないんですよねえ。すなわち権利もないんですよねえ。
あなたほどの賢明な方なら私の申してることは既にお分かりですよねえ?」
僕はこのかいわれ野郎の気狂いじみた御高説に強烈な怒りを感じ、即座に反論した。
「あなたの言っていることは答えになってない。
任務を受けることが合理的かなんてどうでもいいんだよ。
地球がどうなろうと、世界中の人々がどうなろうと僕には関係ない。
とにかく僕は、僕の世界において僕はその任務を受けたくない。
そこに合理的な理由なんてなくていいんだよ。
嫌なものは嫌だからだ。そして、それを断る権利がないなんてことは、仮に現代の人間社会が高度な文明を有しているのであれば、ありえないでしょ。
おかしな強制を個人の意思で拒絶できない社会なんて人間の社会じゃない。人間社会はサル山じゃないんだからね。
ゆえに僕は断固として、絶対に死んでも任務遂行を拒否します。」
この僕の最後の反抗に対して、かいわれ店長は、呆れたように先端の緑の葉をゆらゆら揺らしながら、少し弱めの語気で、
「そうですかあ、あなたなら私の申していることを分かって頂けると思ったんですけどねえ。
この人間社会において個人の意思は、社会全体の合理性の前では無力だということをお分かりいただけないんですかねえ。
まあ、あなたの捉える世界と我々の世界は全く別の価値基準で成立しているってことなんですかねえ。まあ、私には全く関係ないことですが。」
その時、僕の背後から何か布のようなものが、鼻と口に強く当てられた。自分の意識がスーっと遠のいて行くのを微かに感じた。
そして、気付いた時、僕はNASAの宇宙飛行士訓練施設にいた、、、、、、ようだ。
アメリカ着くまで目覚めないとか、どんだけ強いクロロホルム当てられてんねん? それ死んでるやろ?とか正論を吐くのはやめて頂きたい。
筆者にも色々事情があるんです。正論は時に大いなる罪となります。
で、僕はNASAで1週間、極秘に必要最低限の飛行訓練を受けることとなった。もはや、拒否する気も逃げる気もなくなって、心は無であった。
訓練の指導官は金髪でスタイルのいい、青色の目をした美人のかいわれ大根だった。
僕はすぐに恋に落ちた。濃密な夜を重ねた。
彼女の細すぎる中にもアメリカナイズドされた凹凸を感じる艶めかしい身体とその知性に、我を忘れて惚れ込んだ。彼女のためなら地球を救うのも悪くないなと思った。
そして、訓練の日々はあっという間に終わり、任務遂行の日を向かえた。
僕は極秘開発された全自動シャトルに乗りこみ、発射の時を迎えた。
僕が地球を救うんだ、彼女を救うんだ、そんな妙なheroismに浸りきってきって、胸を高らせながら、コックピットで発射の時を待っていた。
そして、満を時して強烈なジェット噴射で炎をあげながら空に垂直に発射されたシャトルは大気圏を目指し、
た途中すぐ、上空2000mで木っ端微塵に爆発し、空の藻屑と消えた。もちろん僕もだ。
こうも簡単に形あるものが消え去るのかと疑いたくなるくらいに一瞬に、完全に。
僕は散々かいわれ店長の申し出を拒否しながら、全世界の人々を救うという使命、いや、より直截的に言うと指導員であるアメリカンかいわれ彼女を救えることに酔いしれていた。
しかし、神は決してそれを私に許さなかった。
いや、神は僕が新たな神となることを恐れたのかもしれない。
そんなことはどうでもいい。本当にどうでもいいんだよ。
ただ、ただ、そこにあるのは、僕の世界の喪失と無限に続く完全なる空だった。
(完)