この国分君の著書で部分的に私の記憶に今も鮮明に残るのは朝日選書547『アジア時代の検証 中国の視点から』(朝日新聞社、1996年2月25日第1刷発行)である。私の記憶に残るその部分を次に引用しておきたい。石川先生の著作はご存知のように先生が学務あるいは対外活動に忙殺されていく中でけして多くはない。国分君が「石川先生の著作は論文を書くにあたりどう論文を書けばいいのか読むたびに教わった」と私に後年語ったように論理的でありまた国分君も恩師のそれが言えよう。
【ナショナリズム】
「・・中国は十九世紀中葉以来、長く列強による侵略の苦汁を味わってきた。それをはねのけたのが、一九四九年の中華人民共和国という独立国家の成立であった。『強く』て『豊かな』中国は、悠久の歴史を誇る中華民族の長年の悲願であった。それを支えていたのはナショナリズムである。
新中国の実現による近代ナショナリズムの達成は、不完全ながらも国民国家の成立を意味していた。社会主義イデオロギーも、裏を返せば、救国のためのイデオロギーであり、ナショナリズムとの一体感を内包させていた。
こうしたナショナリズムの要素が、中国外交の理念や実際の行動のなかに散見されたとしても不思議はない。『向ソ一辺倒』の崩壊や、『自力更生』の提唱、あるいは『中国的特色』を追い求める姿にしても、主体性確保の主張であり、これをナショナリズムと言うことも可能である。
最近では中国政府は『愛国主義』を強調する。それは分権化の促進により、中央の権威が喪失しつつあることに対する歯止め策であろう。その効果についてはともかくも、国家を支えていたナショナリズムの一部分が弱体化しているのも事実のようである。
しかし中華のメンタリティは永遠である。現在の中国外交のあらゆる側面に『中華思想』の残滓と思われる兆候が垣間見られることは珍しくない。それは特に日本を含む中国の対応のなかにしばしば見られる。もちろん中国の外交行動を『中華思想』と断定するだけの証拠はない。そこには類似性があるだけである。とはいえ、社会主義イデオロギーの仮面が剥がれ、しかも中国が成長とともに『大国化』するにつれて、必ずしも国家としての膨張傾向を伴うものではないが、少なくともそのメンタリティと行動パターンにおいて、こうした歴史としての『帝国』の兆候はさらに明確となるかもしれない」。
朝日選書547国分良成著『アジア時代の検証 中国の視点から』(朝日新聞社、1996年2月25日第1刷発行)p74-p75。
直近の中国経済危機から思い起こし旧友の著作の私の記憶に残るところを引用した。学術的経験による論考に私の感想はそぐわないこともあろうし論旨は読者の大方に汲みとっていただきたい。
私の乏しい経験からも2005年10月に休養に訪れたラトビアのリガでのことだが中国は鉄路でヨーロッパのリガ港と結ぶ計画を持っていた。むろん日本外務省は把握していた。後年のストックホルムでも直行便のある華人と対話した。それまでも華人のいない訪問国はなかった。
日本の外務省の人々も日夜赴任地で情報収集活動にあたっているだろうがそれだけ外交・安全保障は厳しいものであり歴史的見方と共に原風景の見方を涵養することに尽力いただきたい。
<了>
アジア時代の検証 中国の視点から (朝日選書)/国分 良成

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