存在しないコンビニが、門司港を一番うまく見せていた
先日、NHKのドラマ『コンビニ兄弟』を観ていて、思わず画面を止めたくなる場面があった。
右側にコンビニがある。正面には海が見える。奥には関門海峡の気配があり、港町らしい抜けた景色が広がっている。あまりに自然だったので、私は「門司港のどこかに店を建てて撮ったのだろう」と、何の疑いもなく思っていた。
ところが、あとで調べてみると、どうやらそうではなかった。コンビニ「テンダネス門司港こがね村店」の外観は、門司港ではなく、茨城県つくばみらい市の屋外ロケ施設「ワープステーション江戸」に組まれたセットらしい。路面電車のレールの位置などから割り出した、ロケ地検証の記事が出ている。背後の海も、どうやら合成だという。
それを知ったとき、がっかりするより先に、よくできているなと思った。
面白いのは、ドラマ全体が作り物だったわけではない、という点だ。『コンビニ兄弟』は、門司港レトロ地区を中心に、実際の街でかなり撮られている。劇中に映るマンションも、調べると門司港に実在する建物だった。映像では左右が反転していて、それがかえって「似ているのに、どこか違う」という妙な感覚を生んでいる。
つまり、現実の門司港の風景の中に、現実には存在しないコンビニの建物だけが、そっと差し込まれている。そして、その一点だけが作り物だとは、観ているあいだ少しも気づかなかった。
ここが面白い。
門司港には、独特の空気がある。海が近く、建物は少し古く、観光地でありながら生活の匂いも残っている。レトロ建築があり、坂があり、海峡を挟んで向こう側にも街が見える。明るいだけの観光地ではなく、どこか湿り気や寂しさもある。
その街には、「こういうコンビニがあってもおかしくない」と思わせるだけの土台が、もともとあった。だから、本当はそこにない店を一軒置いても、画面の中では妙に据わりがいい。
ここで、もう一つ引っかかることがある。北九州市は、早くから「映画の街」を掲げ、フィルム・コミッションでロケを誘致してきた街だ。今回も「オール北九州ロケ」がうたわれ、画面で見た景色がそのまま現地にある、ということが聖地巡礼の売りになっている。ところが、その「画面=現地」という売りで、肝心のコンビニ――題名にもなっている、物語の中心そのもの――だけが、現地にない。街の売り方のいちばん真ん中に、実在しない店が座っている。
昔のドラマなら、ロケ地とは実際にそこにある場所だった。だから観る側も、「あの店はどこか」「あの道はどこか」と探した。聖地巡礼も、映像と現実をぴったり重ねる楽しみ方だった。
今回のような作り方になると、少し事情が変わる。コンビニそのものを探しに門司港へ行っても、そこにはない。画面と同じ場所に立つことはできない。
けれど、門司港へ行く意味がなくなるわけではない。むしろ行けば、「あの画面がなぜ門司港らしく見えたのか」はわかるはずだ。海の近さ、建物の色、道の狭さ、そして観光地らしからぬ静けさ。そういうものは、実際に街を歩かないとわからない。
もちろん、こうも言えるかもしれない。門司港が特別なのではなく、レトロな港町ふうのセットを組んで実景を合成すれば、どこの街でも「それっぽく」見えるだけではないか、と。
だが、実際の作り方はそうではなかった。このドラマは、架空の店を汎用の背景に置いたのではなく、門司港レトロで撮った本物の街の映像の中に織り込んでいる。実在するマンションを左右反転させてまで使うほど、現地の素材を細かく拾っている。架空の店は、その本物の映像に支えられて、はじめて本物らしく見えていた。門司港でなければ、あの店はあそこまで自然には立たなかったはずだ。
地方都市は、よく「観光資源があるか」「再開発できるか」「人を呼べるか」という言葉で語られる。けれど街の力は、それだけではない。そこに物語を置いたとき、自然に見えるかどうか。架空の店を一軒置いても、本当にありそうに感じられるかどうか。それも、街の魅力のうちだと思う。
門司港には、それがあった。
あのコンビニは存在しない。でも、あのコンビニが似合う門司港は、たしかに存在する。それが、このドラマを観ていて一番すごいと思ったところだった。
家を持つことが豊かさだった時代の終わり
先日、ニュースを聴いていて興味深い話があった。アメリカのシニア層の中で、家を所有し続けるのではなく、売却して賃貸やシニア向け住宅に移る人が増えているという。
最初は意外に思った。アメリカでは、家を持つことは長く成功の象徴だった。広い家、庭、ガレージ、住宅ローンを払い終えた安心感。それは、いわばアメリカンドリームの象徴でもあった。
しかし、その家が年齢とともに重くなる。
屋根が傷めば修理が必要になる。芝生は刈らなければならない。冬の地域なら雪かきもある。固定資産税、住宅保険、修繕費、光熱費もかかる。住宅ローンを払い終えていても、家は決して無料にはならない。
家は資産である。同時に、管理し続けなければならない装置でもある。
若いころは、その装置を持つことが豊かさだった。だが高齢になると、同じ装置が自由を奪うことがある。広すぎる家、使わない部屋、手入れの必要な庭、突然発生する修理費。そう考えると、賃貸に移ることは「持ち家をあきらめる」というより、「身軽さを買う」選択に近い。
もっとも、賃貸に移るシニアはまだ少数派である。アメリカでも高齢者の持ち家率は8割近く、その多くはローンを払い終え、住み慣れた家にとどまり続けている。だからこそ、あえて家を手放す人たちが少しずつ増えている事実の方が、私には興味深く見えた。
ただし、ここで大事なのは、持ち家か賃貸かという形式だけではない。年を取るほど重要になるのは、どこに住むかである。
若いころなら、スーパーまで車で15分、病院まで20分、駅まで30分でも何とかなる。むしろ広い家や庭の方に価値を感じる人も多い。だが70代、80代になれば、車を運転し続けられるとは限らない。その時に、買い物、通院、銀行、役所、駅までの移動が重くのしかかってくる。
私は、年を取るほど便利な場所に住む方がいいと思っている。
徒歩圏にスーパーがある。病院に行きやすい。駅まで平坦に歩ける。バスに頼らなくても生活できる。こうした条件は、若いころには地味に見えるかもしれない。しかし老後には、住まいの広さ以上に生活の質を左右する。
家そのものの価値より、立地の価値が大きくなる。これは老後の住まいを考えるうえで、かなり重要な視点だと思う。
これは車にも似ている。
かつて車を持つことは自由の象徴だった。だが実際には、車は一日の大半を駐車場で眠っている。保険、税金、修理、ガソリン、駐車場代がかかる。必要な時だけ使えればいい、という発想が出てくるのは自然だ。
住宅も同じ方向に少しずつ動いているのではないか。
所有することそのものが目的だった時代から、必要な機能を必要な期間だけ使う時代へ。車、家、音楽、映画、ソフトウェア。多くのものが「買って持つ」から「使う」へと移ってきた。車がたどった道を、音楽やソフトウェアもすでに歩いている。そして今、住宅にも同じ流れが届こうとしているように見える。
もちろん、賃貸にも課題はある。家賃は上がるかもしれない。老後に住まいが不安定になるリスクもある。アメリカでは高齢の賃貸世帯の住宅費負担も重く、収入の多くを家賃に取られる世帯は少なくない。だから、持ち家か賃貸かという単純な勝ち負けの話ではない。
私が興味深いと思ったのは、住まいそのものより、その背景にある考え方の変化だった。
昔は、所有しているものが多いほど豊かに見えた。大きな家、大きな車、多くの家具、多くの荷物。しかしこれからは、管理しなければならないものが少ないほど自由だ、と考える人が増えていくのかもしれない。
老後に本当に必要なのは、広い家ではなく、動きやすさかもしれない。資産を抱え込むことより、必要な時に移れる柔軟性の方が効いてくるのかもしれない。
そしてここで、私は日本の郊外を思い浮かべる。
アメリカのシニアが立地の価値に気づき始めている一方で、日本はむしろ逆の方向に街を作り続けてきた。幹線道路沿いの大型ショッピングセンター、広い駐車場、車でしか行けない郊外型モール。そこには確かに、今の現役世代が求める便利さがある。週末にまとめ買いをし、子どもを乗せて出かける。車があるうちは、これほど快適な仕組みはない。
だが、その快適さには期限がある。
郊外型モールは、客が全員、自分で運転できることを前提に設計されている。その前提は、現役世代が老いた瞬間に崩れる。今モールに通っている世代も、いずれ運転をやめる日が来る。その時、徒歩では行けない場所に置かれた店は、生活の場ではなくなる。
同じ郊外の大型店でも、生き残る店と沈む店を分けるのは、駅につながっているかどうかだと思う。たとえば越谷レイクタウンは、それ自体は巨大なイオンモールだが、武蔵野線の駅と一体で造られ、住宅と駅と店が一つの街として設計されている。運転をやめても、電車で行けて、歩いて帰れる。一方、幹線道路沿いのイオンモールやコストコには、その出口がない。とりわけコストコは、車で来て大量に買い、自分で運ぶことが前提の店だ。会員制の倉庫に並ぶ特大の商品は、車がなければそもそも持ち帰れない。ネットで頼む手はあるが、店より割高で、寿司やロティサリーチキンといった看板の総菜は届かず、代行サービス自体も現れては消える。車という前提が外れた瞬間に、コストコはコストコでなくなる。
ただし、駅さえあれば安泰というほど単純でもない。サンフランシスコのダウンタウンにあったサンフランシスコ・センターは、地下鉄パウエル駅と直結する一等地にありながら、2026年に閉館した。リモートワークと観光の落ち込みで人通りが枯れ、百貨店の核店舗が抜けて、駅の上にあっても死んだのだ。理由ははっきりしている。この店を支えていたのは、その街に住む人ではなく、外から通ってくるオフィス客と観光客だった。駅は、住民が年老いて運転をやめる事態は防げても、客そのものが来なくなる事態は防げない。
だから立地とは、駅があるかどうかという以上に、その場所が生活者の日常に編み込まれているかどうかなのだと思う。同じサンフランシスコでも、州立大学と住宅地を背負い、スーパーや日用品を核にしたストーンズタウンは生き延び、駐車場を住宅に変えて街へと作り替えられつつある。死にかけた駅前モールに用意された処方箋が、どれも「人を住まわせること」だったのは示唆的だ。買い物客が通う目的地を、人が暮らす街に戻す。結局そこに行き着く。
これはもう、起きている。農林水産省の研究機関の推計では、店舗まで500m以上あり、車を使えない65歳以上――いわゆる買い物難民は、2020年時点で約904万人。高齢者のおよそ4人に1人にあたり、初めて900万人を超えた。2015年の約824万人から、さらに増えている。
しかも増えているのは、山あいの集落ではない。三大都市圏や、かつて若い家族が一斉に入居した団地やベッドタウンで、特に速く増えている。郊外に最適化した暮らしは、その住人が老いた時に行き止まりになる。
では、次の世代が受け継いでくれればいいのか。子が親を車で連れて行き、公共交通が穴を埋めてくれればいいのか。だが少子化が続く以上、その期待はかなり心もとない。送り迎えをする若い世代は減り、採算の取れない郊外路線は先細る。
対策がないわけではない。移動販売、ネットスーパー、宅配、自動運転、ドローン配送。行政も企業も、買い物難民対策としてこうした手段を並べている。しかし、そのどれもが「車で大型店に行く」前提が壊れた後を継ぎ当てるものであって、車に依存した街の構造そのものを直すわけではない。便利さを優先して郊外に広げた街の宿題を、テクノロジーという蓋で先送りしているようにも見える。
人が歩いて行けなくなった郊外モールは、長期的には客を失う。店が抜ければ雇用も税収も減り、その商圏を当てにしてきた地域経済も一緒に沈んでいく。郊外に巨大な箱を建てた時、誰もその箱が老いることまでは考えていなかった。
豊かさとは、たくさん持つことではなく、必要なものを必要なだけ使い、自分の時間と自由を増やすこと。その価値観が、住宅にも、街にも、これから問われていくのだと思う。
そして、私が暮らすコロラドに目を移すと、話はもう一段ねじれる。
ここでは今も、空き地が造成され、似たような戸建てが並んでいく光景を目にする。住宅が足りないのだから、増えること自体はおかしくない。だが私は、それを見るたびに小さな違和感を覚える。
コロラドは半乾燥地帯である。州の水の約9割は農業が使い、都市が使うのは1割に満たない。それでも、フロントレンジ――私の住む一帯――の都市用水のおよそ半分は、山を越えてコロラド川から運ばれてくる。そのコロラド川は20年以上の大干ばつのただ中にあり、貯水池は3分の2が空になっている。しかもこの川は、実際に流れる水の量を超える取水権がすでに各地に配られており、はじめから「ない水」をあてにした仕組みになっている。その中でフロントレンジが引いている水利権の多くは新しく、深刻な渇水になれば真っ先に削られる側にある。
その心もとない水の上に、新しい家が建っていく。乾いた西部では、家庭で使う水のおよそ半分が芝生にまかれる。郊外に一区画増えるたびに、最も不安定な水源へ、何十年分もの芝のための水を新しく結びつけていることになる。足りないのは家だが、もっと足りないのは水かもしれない。これが、私の日々の違和感である。
ただ、現実は皮肉な形で動いている。少子化と流入の鈍化で、コロラドの住宅着工はすでに頭打ちになり、北部フロントレンジでは2025年に水の取引価格がむしろ下がった。家が建たなくなったから、水の需要も緩んだのだ。私が建てすぎを案じているそばで、市場はもう静かに減速し始めている。
だとすれば、供給過剰で家が値崩れするという私の心配も、おそらく一様には起きない。先に落ちるのは、車がなければ暮らせず、芝生に水を撒き続けなければならない遠郊外の家だろう。歩いて用が足り、水も多くを要さない立地は、買い手が老いて立地に敏感になるほど、底堅く残る。家の価値も、街の寿命も、そして水の重さも、結局は同じ一点――どこに建てるか――に行き着く。
アメリカのシニアが家を手放して便利な場所へ移るのは、資産を減らす行為ではない。老いても自分の足で暮らせる場所を確保する行為である。
日本がこれから問われるのは、家を持つか借りるかではない。年を取っても歩いて暮らせる街を、どれだけ残せるかである。
