毎年8月8日、北九州の皿倉山に「八」の字がともります。八文字焼と呼ばれる、八幡大空襲の犠牲者を悼む灯です。


この「八」をたどると、北九州が受けた三つの攻撃が見えてきます。1944年、八幡製鉄所への爆撃。1945年8月8日、市街地そのものを焼いた大空襲。そしてその翌日、小倉に原爆を落とすはずだったB29「ボックスカー」が、雲と煙にはばまれて長崎へ向かった——。


小倉が助かったことは、長崎が受けたことと、ひとつづきの出来事でした。


米軍の作戦報告書や終戦直後の政府資料まで一次資料をたどり、数字の一つひとつを確かめながら書きました。地方の工業都市が経験した戦争を、慰霊の灯を手がかりに振り返ります。


よろしければお読みください。


7月31日、日米が15年ぶりの協調介入に踏み切った。トランプ大統領はこれを「友情の証し」と呼んだ。

だが、米国は日本を救ったのだろうか。ユーロを売って円を買い、ドルには手をつけない。その選び方に、米国自身の事情が透けて見える。

介入は円安をいったん止めた。しかし、数日で相場は巻き戻した。円が売られ続ける原因は、まだ消えていない。

新しい記事を書きました。続きはnoteで。

 

 

 

サンフランシスコ国際空港を衛星写真で眺めていた。

 

滑走路の先から、海上へ向かって細長い構造物が延びている。最初は誘導路の灯火かと思ったが、着陸する航空機を滑走路へ導く進入灯だった。海上へ長い進入灯が延びている。北九州空港の北側にも、同じような設備がある。

 

サンフランシスコ国際空港には滑走路が4本あり、長い方の2本は約3,618メートルと約3,469メートルある。

 

北九州空港の滑走路は、いま2,500メートルだ。南側へ500メートル延ばす工事が進んでおり、3,000メートルでの供用開始は2027年8月31日と告示されている。事業期間は2023年度から2027年度、総事業費は約130億円である。

 

延長の目的ははっきりしている。国土交通省は、就航が想定される最大の貨物専用機をボーイング747-8Fとし、ロサンゼルスまでの運航に2,940メートル、アムステルダムやフランクフルトまでなら2,850メートルが必要だと試算した。そこから逆算して、必要な滑走路長を3,000メートルとしている。

 

半導体製造装置やシリコンウエハー、精密機器を、成田や関西まで陸送せずに九州から直接送り出せるようになる。北九州空港を貨物拠点として育てるうえで、3,000メートル化は大きな前進である。

 

そのうえで、3,500メートルという選択肢は、本当に検討しなくてよかったのか。

 

これは私が思いついた問いではない。2021年7月、苅田町で開かれた住民説明会で「滑走路は3,000メートルではなく4,000メートルにしないのか。将来的にさらに延長する計画はあるのか」という質問が出ている。同じ時期の意見募集にも、3,500メートルや4,000メートルにすべきだという意見が寄せられた。

 

国の回答は、PI実施記録に残っている。3,000メートルを超える滑走路を整備する場合、現在の空港島の敷地内での整備が困難となり、海上に新たな施設整備が必要不可欠になる。そうなれば環境アセスメントの手続きや漁業関係者との調整に多くの時間を要し、早期の供用が難しくなるうえ、整備費用も大幅に増える。だから3,000メートル化に向けて事業着手を目指す、と。

 

ここで引っかかる。

 

理由が二つ、ひとつづきに書かれている。「滑走路が島に収まらない」というのは物理の話であり、「時間と費用がかかる」というのは段取りの話である。性質がまるで違うのに、区別されないまま並んでいる。

 

空港島は南北約4,125メートル、東西約900メートルある。今回の500メートル延長も、新たな海域の埋め立てはせず、島の南側に残っていた未利用地を使って行われている。つまり島には、最初から使われていない土地があった。

 

もちろん、4,125メートルすべてを滑走路に使えるわけではない。両端には滑走路端安全区域が要る。着陸帯があり、護岸があり、場周道路があり、進入灯火用の用地も要る。衛星写真と引き算だけで、3,500メートルが入ると言うつもりはない。

 

だが、収まらないとも言えない。どこまでなら島に収まり、どこから海に出るのか。その数字は公表されていない。「困難」という言葉だけが残っている。

 

海に出ることが直ちに不可能を意味しないことは、北九州空港自身が示している。北側の進入灯はすでに海上にある。サンフランシスコでも、海の上を灯火が延びていく。

 

一方で、南へ延ばすことには、費用とは別の制約がある。

 

滑走路を南に延ばせば、進入表面も南へ動く。その先、約2キロには苅田港の航路がある。今回の3,000メートル化でも、航行する船のマスト高の制限はこれまでより低くなり、国は入港実績のある最大船舶には抵触しないことを確認したうえで進めている。さらに南へ延ばせば、この余裕は確実に削られる。曽根干潟にも近い海域だ。

 

3,500メートルは、金さえ出せばできるという話ではない。港と海の側の条件と、正面からぶつかる。

 

それでも、聞きたいことは変わらない。

 

3,000メートル案と3,500メートル案では、事業費は実際にいくら違うのか。進入表面と苅田港航路の関係は、何メートル延ばしたところで限界になるのか。今回の設計は、将来さらに延ばす余地を残しているのか。後から延ばす場合、今回整備するILSや進入灯、排水施設、誘導路のどこを造り直すことになるのか。

 

そこまで示されて初めて、今回の計画が節約なのか、将来への付け回しなのかを判断できる。

 

やり直しの重さは、今回の工事そのものが教えてくれる。北九州空港は24時間空港であるため、延長工事は夜間の限られた時間にしかできない。1日に動ける時間が短く、500メートル延ばすだけで約4年かかる。同じことを、貨物便が定着したあとの空港でもう一度やるとなれば、期間も費用も今回どおりでは済まない。

 

福岡空港の第2滑走路は、この種の判断を考える材料になる。

 

2025年3月20日、既存の2,800メートル滑走路の西側に、2,500メートルの第2滑走路が供用された。2本の中心線の間隔は210メートルしかなく、互いに独立して運用できる配置ではない。事業費は約1,643億円だった。

 

これで1時間あたりの処理能力は38回から40回になった。年間では17万6,000回から18万8,000回、およそ7パーセントの増加である。45回という数字も語られるが、それは滑走路を1本増やせば届くものではない。進入方式の高度化と滑走路運用の見直しを前提に、2035年ごろを想定した数字だ。

 

そして需要は、その想定より早く来た。2025年11月、九州経済連合会と福岡県、福岡市、福岡国際空港が検討委員会を立ち上げ、45回化の前倒しを国に要請した。2026年1月にも同じ趣旨の要請が重ねられている。供用開始から1年も経たないうちに、次の容量の話が始まっている。

 

第2滑走路に意味がないわけではない。遅延は緩和され、1本が閉鎖されたときの代替性も高まった。市街地に囲まれ、用地も騒音も工期も制約された福岡空港で、現空港の機能強化という方針のもとで選べる配置は、そもそも多くなかった。

 

ただ、約1,643億円をかけて滑走路を1本増やしても、増えたのは7パーセントだった。しかもその分は、供用の直後に足りないと言われはじめた。その場の条件に合わせて決めた配置が、その後の上限を長く決めている。

 

北九州空港を、同じ考え方で整備する必要はない。

 

北九州空港は市街地から離れた海上空港で、24時間運用ができる。空港島には広大な未利用地が残っている。福岡空港のように、四方から囲まれてはいない。

 

いますぐ3,500メートルすべてを舗装すべきだ、とまでは言わない。今回の費用便益分析は、北米向けの輸出貨物およそ1万1,650トンが北九州空港に移ることを軸に組まれている。3,500メートルを支える需要は、いまの資料の中にはない。

 

だが、将来の延長を妨げない造り方を検討することは、いまの段階でできる。延長方向に恒久施設を置かない。誘導路や排水施設、電源、灯火類を、後から接続しやすい形にしておく。それだけでも、二度目の工事で壊す範囲は変わる。少なくとも、その選択肢と費用は公表してほしい。

 

公共事業の無駄というと、必要以上に大きなものを造る話ばかりが取り上げられる。だが、長く使う施設を小さく造り、同じ場所を二度掘り返すのも無駄である。

 

今回の130億円だけを見て、安く収まったと判断することはできない。10年後、20年後にまた設計を始め、環境アセスメントをやり直し、運航中の空港で夜間だけの工事を繰り返してILSや進入灯を移すことになれば、最初から見越して造るより高くつく可能性がある。

 

安く造ることと、長い目で見て安く済むことは違う。福岡空港で短期の制約を優先した結果がすでに見えている以上、北九州空港では、次の工事まで見通した説明が必要だ。