毎年8月8日、北九州の皿倉山に「八」の字がともります。八文字焼と呼ばれる、八幡大空襲の犠牲者を悼む灯です。


この「八」をたどると、北九州が受けた三つの攻撃が見えてきます。1944年、八幡製鉄所への爆撃。1945年8月8日、市街地そのものを焼いた大空襲。そしてその翌日、小倉に原爆を落とすはずだったB29「ボックスカー」が、雲と煙にはばまれて長崎へ向かった——。


小倉が助かったことは、長崎が受けたことと、ひとつづきの出来事でした。


米軍の作戦報告書や終戦直後の政府資料まで一次資料をたどり、数字の一つひとつを確かめながら書きました。地方の工業都市が経験した戦争を、慰霊の灯を手がかりに振り返ります。


よろしければお読みください。