先日の反省です。

↓これ

 

休日に件の同期Yと通話する予定がありました。

今回のことがあり気まずいなー、Y落ち込んでなければいいなー。

でもほかに話せる最近の話題無いしなー。

と一人でモヤモヤしていました。

 

しかし、実際通話してみると、Yさんは落ち込んでいません。

最近の寒暖差がどうのこうの言った後、

私のほうから先日の件で、Yさんの直属の上司にすぐ確認すべきだった、

必要以上に大事にして申し訳ないと切り出しました。

 

むしろ考えが及ばず、突発的に行動してしまい軽率だったことの謝罪と、

行動を起こした先に何が起こるかの解説もしてくれてありがとうと感謝を貰いました。

 

私は結構ストレートに言ったからあなたが落ち込んでいると思った

と伝えたところ、Yさんは、こういう時は落ち込むというより

なんというか気付き?を貰えたことへの感謝が勝つかな、と言いました。

 

ここが私の傲慢ポイントです。

Yさんは悪意無く間違っても正せる、素直に人の言葉を受け入れることができる。

けど私は勝手に落ち込んでいるだろうなと思いこんだ、Yさんは悪意無く行動したから、

何が悪かったのかもよくわからないんだろうなと決めつけていました。

通話途中で、ああ私この人のこと舐めてるくそ傲慢野郎だと痛感しました。

 

正直Yさんに本当に悪意が無かったと知った時に「えっ」ってなりました。

この「えっ」は純粋な衝撃なのですが、

私はここまで理解して行動している。あなただってこれくらい考えて行動しているでしょ?

という勝手な信頼を向けて勝手にショックを受けているだけです。

 

現象は見えてる、因果もわかってる、けど「人」を見ることが絶望的にできていない。

傲慢以外の言葉が出ません。

 

 

コントロールしたい気持ちの根っこには、「こうあってほしい」という勝手な理想がある。

そしていつの間にか「こうでなきゃいけない」にすり替わっている。

相手に悪意が無かったことを理解したとき驚いたのは、

私は相手に悪意がある前提だったから。

自分がどれだけ勝手に人を肩に嵌め、期待を押し付けていたのか。

自分の無意識の部分のコントロール欲に気づくことができてよかった。

 

まだまだ未熟です。