引き続き、仕手筋について、説明していきたいと思うす。
投資顧問会社が組織化されていくことに、
仕手集団が声をかけ、投資顧問会社も
仕手戦に参入していくことになったす。
しかし、仕手戦はうまくいけば、大儲けですが、
一度、失敗すると大変なことになるっす。
仕手戦が如何に難しいか、
また仕手戦に失敗した場合、
如何なる代償を払わなければいけないか、
実例を見ていくっす。
見学和雄氏は、投資顧問会社「コスモリサーチ」の経営者で、
仕手集団の指南役にもなっていたす。
日本エアーブレーキにおける仕手戦で、
最後の相場師と呼ばれた、
是川銀蔵氏に勝利し、一躍有名になりましたが、
1987年におこったブラックマンデー(ニューヨーク株式市場に端を発する
史上最大規模の世界的株価大暴落)により、資金繰りが悪化、
1998年には、金銭トラブルが元で、
暴力団に秘書共々拉致され、殺害された後に、
コンクリート詰めにされてしまうっす。
。(;°皿°)ヒデェハナシダナ
次に、池田保次氏は、
バブル期の地上げ屋「コスモポリタン」の経営者で、
東証一部上場の環境設備メーカー「タクマ」の
買占めにかかりましたが、
企業側に情報が漏れ、増資(新株発行)による、
持ち株の比率を下げられるという防衛にあってしまい、
乗っ取りが暗礁に乗り上げたっす。
資金繰りのため、
同時期に乗っ取った「雅叙園観光」において、
経営陣に無断で融通手形を乱発し、
資金繰りに充当しますが、
こちらもブラックマンデーによる株価下落による、
追証と金利の支払いへの苛酷な取立てが原因か、
1988年には行方不明になったす。
(゜д゜;)アヤシスグル
最後に、韓国籍である木元一馬(本名:孫圭鎬)氏は、
不動産会社「日本土地」の経営者で、
「豊田自動機織機」の買占めで有名になったす。
この日本土地が、他の仕手集団と異なっていた点は、
買い占めた株を企業側が引き取るケースが多かった
という点す。
日本土地のスポンサーが、
韓国の財閥である現代グループであるとか、
当時の韓国の全斗煥大統領の圧力によるものとか
噂されていたっす。
しかし、全斗煥大統領の失脚と同時期に、
「コニカ」の買占めも失敗に終わり、
日本土地は倒産してしまうっす。
また、1991年には、木本一馬夫婦も自殺するっす。
(><;)ゴメイフクヲ オイノリシマス
仕手戦を成功させるには、
如何に早く高値の株を当て込んでいくか、
如何に仕手側の情報を漏らさないかが、
ポイントとなりますが、
当て込みについては、
解体屋の存在を、忘れてはならないっす。
( ;°Д°)ナニモンダ ソイツハ
続きは次回で!
neetonのスピリチュアルポイントを上げてくれる方は
こちらをクリックしてもらえれば、尋常なく上がるっす。

最後まで読んで頂きありがとうございました。
皆様のお役に立てれば、幸いです。